【日本の高速鉄道 その誕生と歴史】第1回「狭軌で始まった日本の鉄道」

東海道新幹線開業50年を目前とした今、乗りものニュースではどのようにして新幹線が計画され、開業に至ったのか、連載企画でご紹介します。第1回は「狭軌で始まった日本の鉄道」です。

【序文】

 今年10月、東海道新幹線の東京~新大阪間は開業50周年を迎えます。東京オリンピック開幕に合わせ1964年10月1日に世界初の高速鉄道として開業した東海道新幹線は、これまで50年間、大きな事故を一つも起こすことなく大量の客を高速に運び続けてきました。

 東海道新幹線開業50年を目前とした今、乗りものニュースではどのようにして新幹線が計画され、開業に至ったのかを、『日本の高速鉄道 その誕生と歴史』と題して連載企画でお届けします。

日本の鉄道黎明期

 日本の鉄道は、明治維新の直後に官営(政府の運営)による建設を決定し、明治5年(1872年)10月14日に、新橋~横浜間を結んだのが始まりとなります。これを記念して、のちに10月14日は“鉄道の日”に制定されました。

 江戸時代から続いた鎖国状態から開国間もない当時の日本は、欧米各国に工業力で大きく後れを取っていました。鉄道の建設についてもノウハウが蓄積されているはずもなく、近代化を目指す日本は、欧米から技術的な援助を受けることになりました。

 鉄道自体の始まりは、文政8年(1825年)にイギリスで貨物鉄道の運行が開始されたのが、その端緒とされています。そこで使われた動力は、ジョージ・スチーブンソンの発明による、蒸気機関車でした。イギリスは鉄道発祥の国として技術的にも世界の中で最先端を走っており、日本も鉄道を敷設するにあたって、その力を借りることになりました。

 日本は、イギリスから鉄道敷設に関して、様々なものを輸入することになります。鉄道に不可欠な機関車や線路といったハード面だけでなく、機関士やダイヤ作成の実務を行う技術者など、ソフト面や人的な輸入も同時に行われました。

 ただ一つ、イギリスから輸入されなかったものが、“軌間”です。イギリス本国の鉄道は1435ミリ(4フィート8.5インチ)、現在で言う“標準軌”を用いていましたが、日本はそれより狭い1067ミリ(同・狭軌)を採用しました。日本が狭軌を採用したことに関しては諸説ありますが、このことが、後に論争を引き起こすことになります。

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