廃止続くローカル線、観光列車は救世主となるか? JR西ワースト3の木次線、新たな一手

三江線の廃止が決まるなど、多くのローカル線でその将来が危ぶまれる現在。JR西日本で利用者数がワースト3の木次線で、未来に向け観光列車を活用した新たな一歩が踏み出されます。

「木次線名物」を外した木次線のツアー、その目的は?

「奥出雲おろち号」は、島根県松江市の宍道駅と、広島県庄原市の備後落合駅を結ぶJR西日本・木次(きすき)線のトロッコ列車です。おもに、木次線の木次駅(島根県雲南市)と備後落合駅とのあいだで運転され、同区間には松本清張の小説『砂の器』に登場する「亀嵩駅」や、鉄道ファンに人気の「3段式スイッチバック」(ジグザグに進むことで勾配を緩め、坂を上り下りする方法のひとつ)も存在。島根県の観光ランキングでも上位に入るほどの人気列車です。

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1998年から木次線で運行されているトロッコ列車「奥出雲おろち号」(杉山淳一撮影)。

 また、日曜や祭日などは山陰本線の出雲市駅(島根県出雲市)から出発します。これは出雲市も参加する共同事業「出雲の國・斐伊川サミット」が「奥出雲おろち号」を支援しているためです。

 2016年11月6日(日)と20日(日)、出雲市駅発になる「奥出雲おろち号」を使った「木次線ワイン&チーズトレイン」ツアーが実施されます。ところがこのツアーは木次駅で下車し、そこで貸切バスに乗り換えです。おもな「奥出雲おろち号」の運行区間である木次〜備後落合間には乗車せず、そこにある「木次線名物」の亀嵩駅もスイッチバックも通りません。

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日本海側の宍道駅と中国山地の備後落合駅を結ぶ木次線(国土地理院の地図を加工)。

 その代わりこのツアーは、雲南市のお酒と食事をじっくり楽しむ内容になっています。車内では赤白のワインが提供されるほか、木次駅下車後は貸切バスでワイナリーと酒蔵の見学、チーズ作り体験ができ、ランチタイムには4種類のワインを楽しめます。

 せっかく「奥出雲おろち号」に乗るというのに、亀嵩駅やスイッチバックといった「木次線の魅力」に立ち寄らないこのツアー。鉄道ファンから見ると不思議な内容です。しかし関係者によると、このツアーは「魅力ある木次線」を存続させる目的で作られたといいます。

JR西日本で3番目に利用者が少ない木次線、お隣の三江線は廃止が決定

 木次線は1916(大正5)年に簸上(ひのかみ)鉄道として、宍道駅から木次駅まで開業しました。「たたら製鉄」で財をなした絲原(いとはら)家が、「近代製鉄によって製鉄が衰退しても、鉄道があれば新たな産業が生まれる」と人々に説いて出資し、足りない資金を集め、建設を推進しました。簸上鉄道はのちに国有化され木次線となり、沿線における次の産業「木炭」の輸送で地域を支えたといいます。

 しかしそれから100年がたち、木次線は新たな試練を迎えています。ひとつは「存続問題」、もうひとつは「奥出雲おろち号」の老朽化です。

 存続問題について、木次線はJR西日本のなかで3番目に利用者が少ない路線です。もっとも少ない三江線(島根・広島県)は2016年9月、廃止が決まりました。2番目に少ない大糸線(新潟・長野県)は、北陸新幹線のアクセス路線として需要が見込まれます。しかし3番目の木次線は「次の廃止対象になるかもしれない」という危機感があります。

 木次線のトロッコ列車「奥出雲おろち号」は1998(平成10)年から運行を開始し、今年で18年目です。しかし中古車両を使っているため、機関車も客車も老朽化しています。記憶に新しいところでは、JR北海道「流氷ノロッコ号」の車両も、老朽化のため2016年2月いっぱいで運行を終えました。

「奥出雲おろち号」の車両は、昨年の定期検査で国土交通省の基準を満たしました。しかし、3年後の次の検査はどうなるかわかりません。万一、車両が使えなくなった場合は次の観光列車を考える必要があります。乗客が少ないうえに観光列車もなくなったら、木次線の存続も危ぶまれます。

 では、新しい観光列車、いつから始めれば良いのでしょうか。

「東洋のナパバレー・ワイントレイン」になれるか?

 木次線で新しい観光列車を始めるべき時期、それは「いま」です。

「奥出雲おろち号」が走っているあいだに、ふたつ目の観光列車を走らせて、訪れた人々に知ってもらいます。「次は新しいほうに乗ってみよう」と思ってもらいます。そうすれば、いつか「奥出雲おろち号」が引退しても、新しい列車を選んでもらえるでしょう。

 そのためにも、新しい観光列車は「奥出雲おろち号」とは違う、新しい企画が必要です。

「観光列車ブーム」のなかでいま、新たな乗客が目立ってきました。旅行にかける時間も予算も多い人々、「鉄道の旅」に注目し、観光列車を楽しんでいます。木次線にもワンランク上の列車旅を楽しみたい人に向けた、新しい観光列車が必要です。

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ツアーでは奥出雲葡萄園で地元食材を使ったプレートランチを提供(写真はイメージ、杉山淳一撮影)。

 いまや食事付きの観光列車はたくさんあります。そのなかで「魅力ある木次線」を存続させるため、このたび実施される「木次線ワイン&チーズトレイン」ツアーは、沿線の雲南市にある小さくておしゃれなワイナリー「奥出雲葡萄園」と木次乳業が参加しました。ワインとチーズは定番の組み合わせです。日本だけではなく、世界のワイン好きからも注目されるかもしれません。アメリカには「ナパバレー・ワイントレイン」という、まさにワインとチーズと食事を楽しみ、ワイナリーを見学する観光列車が走っています。木次線なら、「東洋のナパバレー・ワイントレイン」が成立するかもしれません。

観光列車を走らせても、木次線の赤字解消は無理 しかし…

 今回のツアーが成功すれば「ワインとチーズ」だけではなく、島根県奥出雲町の出雲蕎麦、地酒をテーマとし、ジグザグに進む「スイッチバック」にかけて「ほろ酔い千鳥足トレイン」もできそうです。雲南市は「たまごかけご飯の聖地」でもあるとのこと。木次線の沿線を見渡せば、観光列車に使える「たからもの」がたくさんあります。これらが成功すれば、「奥出雲おろち号」に新しい車両を導入したり、新たな観光車両を仕立てる可能性も高まります。

 全線で81.9kmと木次線は距離が長くはないため、観光列車を走らせても運賃収入は限られています。木次線の赤字解消には足りません。しかし、木次線の新しい観光列車に乗る人が全国から、特に近畿、山陽、北九州から、JR西日本の新幹線や特急列車に乗って来ます。これはJR西日本にとって見逃せない売り上げになります。そして、木次線の観光列車はJR西日本にとって必要な存在になり、その列車を走らせる木次線も、赤字とはいえJR西日本にとって必要な路線となります。

 このたび実施される「木次線ワイン&チーズトレイン」は、JR西日本で3番目に利用者が少ない木次線の存続と、「奥出雲おろち号」の次の展開を探るという「大きな目的」を持った「小さな一歩」といえそうです。

【了】

Writer: 杉山淳一(鉄道ライター)

乗り鉄。書き鉄。ゲーム鉄。某出版社でゲーム雑誌の広告営業職を経て独立。PCカタログ制作、PC関連雑誌デスクを経験したのち、ネットメディアなどで鉄道関係のニュース、コラムを執筆。国内の鉄道路線踏破率は93パーセント。著書に『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。日本全国列車旅、達人のとっておき33選』(幻冬舎刊)など。

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コメント

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4件のコメント

  1. 奥出雲おろち号もいいが、在来列車のキハ120が不快。あの長い距離をロングシート
    では、また乗りたいとは思わない。
    宍道の接続も悪い。
    都市間連絡はバスに敵わないなら、観光客
    に使い易いダイヤにしないと。

  2. スイッチバックを通らない木次線列車では意味がない。せっかく全国にも数少ないZ型のスイッチバックがあるのだからこれを生かさない手はないだろう。

  3. 奥出雲おろち号の新車のためにクラウドファウンディングをやればいい。私は少なくとも1万は出す。
    あと、亀嵩駅は松本清張の「砂の器」の聖地なのに、最近その面影がないのは気に食わん(10年前は蕎麦屋の中全部それだった)。最近の訪問者は、こんな有名な小説も読んでないのか(あとセットで羽後亀田駅(秋田県)にも行っとけ))。

  4. 奥出雲おろち号が2023年に運行終了か…