いまはあり得ない? 冷戦期、西ドイツが考えたF-104「スターファイター」幻の運用計画

冷戦期には、いまでは考えづらい発想の兵器や戦術などが検討され、作られもしました。当時、西側陣営の最前線である西ドイツに配備されたF-104戦闘機と核爆弾の運用計画も、そのひとつかもしれません。

西側陣営最前線、西ドイツに配備された「諸刃の剣」

「最後の有人戦闘機」――かつてそう呼ばれた戦闘機がありました。1954(昭和29)年に初飛行した、ロッキードF-104「スターファイター」です。

 実は、開発元のアメリカでは「最後の有人戦闘機」と呼ばれた記録はなく、その意味するところも諸説あり、さらには日本発祥のニックネームなのではないかという説もあるようですが、F-104は史上初のマッハ2級戦闘機としての高性能もさることながら、いろいろな意味で「最後の有人戦闘機」と呼ばれていたことを信じたくなるような、エピソードに事欠かない存在です。

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ZELLを再現したF-104G。胴体下にはB43水素爆弾を搭載している。ベルリン近郊のドイツ空軍博物館所蔵機(関 賢太郎撮影)。

 F-104を最も多く導入した国は、東西冷戦における「西側」の最前線であった西ドイツでした。西ドイツでは空軍と海軍に配備され、実に916機を調達(ほぼF-104G)。そして様々な意味で多くの伝説を残しており、なかでも「ZELL(ジール)」と「ニュークリアシェアリング」は、背筋が凍り付くようなものでした。

 言うまでもなく、飛行機を飛ばすには「飛行場」の存在が欠かせません。しかしながら、飛行場はどうしても面積が大きくなり、動かすこともできません。よって、特に滑走路は、戦争となれば真っ先に潰される運命にあります。たとえば第2次世界大戦の独ソ戦では、ドイツ自身がソ連の飛行場を航空攻撃によって奇襲し、ほぼ壊滅させています。

 皮肉なことに、「第3次世界大戦」が勃発した場合、西ドイツは、ソ連を盟主とするワルシャワ条約機構軍による最初の一撃で、自国飛行場が無力化されてしまうことを真剣に恐れていました。そしてその解決策となる手段として、ZELLの実用化を目指したのです。

「ZELL」とは「ゼロ距離射出」の頭文字をとった言葉であり、F-104Gの胴体に補助ロケットブースターを取り付け、約20度上方へ打ち出すことによって、滑走距離ゼロで離陸するという画期的なアイディアでした。ZELLならば飛行場が潰されようとも関係なく、国土のどこからでも出撃することができます。

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コメント

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1件のコメント

  1. 当時の西ドイツの置かれた状況を加味して上げて下さい。ワルシャワ条約機構軍、機甲師団は強力で、西側は戦車開発で遅れを取っており、質でも量でも劣っていました。開戦イコール敗北なのが西ヨーロッパの実情です。このため、アメリカを主とするNATO軍は進行してきたワルシャワ条約機構軍を西ドイツ国内、フランス国内に侵入させ、地中に埋設した核爆弾で一層する計画でした。この戦法はソ連解体まで維持されています。アメリカは本気で西ドイツとフランスの住人もろともソ連軍を吹き飛ばす気でした。もちろん起爆前の退避は計画されていますが、進行受けた国が満足な避難行動を取れる訳がありません。敗戦国ドイツ国民を犠牲にする事に反対する西側諸国は、同じく犠牲を求められたフランス以外はありませんでした。このため、ドイツは自滅覚悟の低空核攻撃を考案せざるを得ませんでした。例え実施しても失敗すれば米軍はドイツ国民もろとも核を起爆させる気満々で安全な後方に控えているのです。同じ白人種に対してすらこの塩対応。いわんや我が国に対する鬼畜米英の態度はより傲慢なものでした。この世に神がいらっしゃれば、ソ連共々、真っ先に滅ぼす国と言われる所以です。弱肉強食の国際社会、自ら戦わない者に人権は無い。