日本唯一のロケット戦闘機「秋水」初飛行-1945.7.7 陸海軍がタッグ組んだ激レア機
七夕の日にたった1回の飛行に成功。
開発期間わずか1年、短期間で誕生した戦闘機
太平洋戦争末期の1945(昭和20)年7月7日。三菱航空機(現三菱重工業)が開発したロケット推進戦闘機「秋水」が初飛行しました。
「秋水」は「局地戦闘機」、いわゆる迎撃機として誕生した飛行機で、開発に際しては、1944(昭和19)年7月にドイツから潜水艦によって運ばれてきた、メッサーシュミット製Me163「コメート」ロケット戦闘機の資料が基になっています。ただ、ドイツから来た資料は機体外形の3面図と、ロケット燃料の成分表、取扱説明書などしかなかったため、日本の独自開発の部分も多々あります。
そのため、機首部分やキャノピーの形状は異なるほか、主翼は木製に変更されており、翼幅も延長され大きくなっています。

また特筆すべきは、日本の軍用機としては極めてまれな陸海軍共同開発だという点です。旧陸軍と旧海軍は、各種新兵器の開発において共同で行った例はほぼなく、軍用機に関しても同じような機体を別々に開発・生産していました。
そのようななか、「秋水」については比較的早い段階から合同で研究を始めており、機体製作は海軍主導で、ロケットエンジンについては陸軍主導で開発することを決めています。
ちなみに、実機の試験飛行を行う前に、全木製の軽滑空機「秋草」が造られ、滑空テストが幾度となく実施されます。1945(昭和20)年1月にはロケットと武装がない以外、「秋水」とほぼ一緒の重滑空機が造られ、こちらも試験や乗員養成などに用いられました。
漢字間違えています。