京葉線は千葉の鉄道をどう変えたか 新木場以東の開業から30年、新プロジェクトも浮上(写真48枚)

JR京葉線の新木場以東が開業してから30年が経過。それまで総武線が担ってきた東京~千葉間のJRネットワークは、京葉線の開業で大きく変わりました。さらに、未来の京葉線を大きく変えるプロジェクトもあります。

貨物線の計画を旅客線に変更

 京葉線のうち新木場以東の区間が開業30周年を迎えました。JR東日本 千葉支社は2018年12月1日(土)、記念セレモニーを蘇我駅(千葉市中央区)で開催。京葉線の各駅長が集合し、記念列車を見送りました。

Large 181201 keiyo30nen 01

拡大画像

京葉線を走る開業30周年記念列車(2018年12月1日、草町義和撮影)。

 京葉線は、東京都心から東京湾の埋立地を通って千葉までを結ぶ鉄道路線です。もともとは、京浜工業地帯の川崎から京葉工業地域の木更津までを結ぶ貨物線として1967(昭和42)年に着工。しかし、産業構造の変化で埋立地が工場用地から住宅用地に変わったため、1978(昭和53)年には旅客列車も走る計画に変わりました。

 こうして1986(昭和61)年、旅客線の第1期区間として西船橋~千葉みなと間が開業。いまから30年前の1988(昭和63)年12月1日には、第2期区間として新木場~市川塩浜~南船橋間と市川塩浜~西船橋間、千葉みなと~蘇我間が開業し、新木場駅で営団地下鉄(現在の東京メトロ)有楽町線との連絡が図られました。その後、1990(平成2)年に第3期区間の東京~新木場間も開業し、いまに至っています。

 京葉線の開業から約30年が経過し、東京~千葉間の鉄道ネットワークはどのように変わったのでしょうか。最大の変化は、周辺の路線の混雑です。

 運輸経済研究センター(現在の運輸総合研究所)の『都市交通年報』などによると、総武線快速(新小岩→錦糸町)の混雑率は1987(昭和62)年度の時点で266%。いまから考えると非常に激しい混雑でした。しかし、京葉線の新木場以東が開業した1988(昭和63)年度は255%に低下。全線開業後の1991(平成3)年度には237%まで低下しています。

この記事の画像をもっと見る(48枚)

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。

7件のコメント

  1. 本論には直接関係ないですが、運政研は運総研になりましたよ。

  2. 僕も京葉線乗りましたwww

  3. 記念列車のコマ送り写真って要る?

  4. go様
    ご指摘ありがとうございます。 訂正いたしました。

  5. 京葉線の課題はやはり、りんかい線の直通だろうか。
    ここがJRになれば京葉線から新宿方面の利用が増えて、総武線の遅延対策になると思う。
    総武線の混雑を京葉線やりんかい線に流すのも課題になりそう。

  6. 人口急減時代に新規の鉄道はもう不要。
    お金に余裕があるうちに既存の鉄道の維持補修費にまわさないとたいへんなことになる。

    • 中央線方面へはさすがにいらないが、臨海線とは今でも線路は繋がっているわけだから直通運転はすべきだな。
      それに人口急減時代でも羽田アクセスは必要だろう。羽田国際化。
      今後もリーズナブルで出来る直通運転が増えていくだろう。効率的。