作家から経済閣僚まで=斬新な発想で足跡-堺屋太一氏

 1970年の大阪万博の企画・立案に携わったほか、ベストセラー作家として活躍し、経済企画庁(現内閣府)長官も務めた堺屋太一氏が8日、死去した。官僚OBらしからぬ斬新な発想で、政治・経済の流れを鋭く洞察し、積極的に提言活動を続け、日本社会に大きな影響を与えた。

 通商産業省(現経済産業省)の官僚だった20代後半に大阪万博の開催を提唱し、6400万人を集めた戦後日本の一大イベントを成功に導いた。生前のインタビューで「若き日に万博を日本で開こうと言い出して、一人で企画し、成功させたことが生涯の思い出であり、誇りだ」と語っていた。その後も、75年の沖縄海洋博、2010年の上海万博では「日本館」出展に携わり、イベント・プロデューサーとしての才が発揮された。

 作家としては「油断!」「団塊の世代」などで、近未来の社会を描く予想小説の分野を切り開いた。85年出版の「知価革命」では、工業社会の次の情報社会の到来を予見し、国際的にも高い評価を得た。

 小渕・森内閣では経企庁長官として入閣。野球や天候を引き合いにした例え話で、景気の現状を分かりやすく解説する政権のスポークスマン役を果たした。IT担当相も兼務し、持論である「知価社会」への転換を進めるため、IT戦略の推進に力を注いだ。

 タクシー運転手や百貨店店員らから景気を直接聞く内閣府の「景気ウオッチャー調査」は、経企庁長官時代の堺屋氏の指示で00年1月に始まった。政府や日銀の経済統計に表れない「肌で感じた景況感が大事」という堺屋氏の考えが反映されている。

【了】

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