首都圏の私鉄がつくった遊園地 各社の様々な思惑とその歴史 多くが閉園した理由とは

首都圏の私鉄は、「園」や「遊園」といった駅名にも見られたように、自社系列の遊園地を持っていました。しかし、多くはすでに閉園しています。なぜ鉄道会社が娯楽施設である遊園地を建設し、そしていまは存続していないのでしょうか。

西武系「としまえん」の閉園が決定 そのほかの私鉄の遊園地とは

 東京の大手私鉄には、かつて沿線に自社系列の遊園地が多数ありました。それらはおおむね大正時代から昭和初期にかけて建設されたものです。2020年8月末に閉園する「としまえん」もそのひとつです。1926(大正15)年の開園で当初は非鉄道会社による経営でしたが、1941(昭和16)年に武蔵野鉄道(現・西武鉄道)が買収します。としまえんは、都内にある私鉄会社系遊園地として唯一いまも営業しているものなので、閉園はその点でも特筆されるものといえましょう。

Large 200615 park 01

拡大画像

「西武園ゆうえんち」の大観覧車と、西武山口線 遊園地西駅(2020年6月、内田宗治撮影)。

 都内とその近郊へ、前述の時期に建設された遊園地を挙げていきましょう。

・京急関連「花月園」、最寄駅 花月総持寺、1914(大正3)年から1946(昭和21)年まで。
・東急関連「二子玉川園」、最寄駅 二子玉川、1922(大正11)年から1985(昭和60)年まで(開園時は玉川電気鉄道による)。
・東急関連「多摩川園」、最寄駅 多摩川、1925(大正14)年から1979(昭和54)年まで。
・東武関連「兎月園」、最寄駅 成増、1924(大正13)年から1943(昭和18)年まで。
・京成関連「谷津遊園」、最寄駅 谷津、1925(大正14)年から1982(昭和57)年まで。
・西武関連「としまえん」、最寄駅 豊島園、1926(大正15)年から2020年まで(予定)。
・京王関連「京王閣」、最寄駅 京王多摩川、1927(昭和2)年から1944(昭和19)年まで。
・小田急関連「向ヶ丘遊園」、1927(昭和2)年から2002(平成14)年まで。

 以上は鉄道会社が直営、有力株主、協賛などとして関係したもので、遊園地名は閉園時のもの、最寄駅は現在の名称です。

 花月園と京王閣は、後に跡地を利用して競輪場となったので(花月園競輪場は2010〈平成22〉年閉鎖)、そのことから名前を知っている人も多いでしょう。向ヶ丘遊園は閉園後も小田急線の駅名はそのままです。

【写真】懐かしの「向ヶ丘遊園」の風景

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。

7件のコメント

  1. デ ィズニーと京成との関係に触れないのも不自然ではないか? 浦安の遊園地は米デ ィズニーの直営では無く、フランチャイジーは確か電鉄系列のデベロッパーだったはずだが。

  2. 名鉄以西の話はまだですかね。「ひらパーはTSUTAYA(創業者の祖父の会社)が作った」とかも面白いですよ?(T-SITE事業も触ってる会社の登記上本店は創業者祖父が手掛けた創業者氏実家だったりします。なかなか風情ある建物です)

  3. 閉園した理由が全く語られていない。羊頭狗肉。タイムリーな話題としてとしまえん閉園の理由くらいあってもよいのでは?何も取材していないことがよくわかる。

  4. 「黒船の東京ディズニーランド」って、京成電鉄がオリエンタルランドとして幹部人材を送り出して成り立った記述がないところや(OLCは民族系=日本企業であることを誇りとしている)、東武ワールドスクウェアがあってドリームランドやよみうりランド旧水族館閉園へのトリガーとなった横浜八景島シーパラダイス(西武鉄道・コクド主体で京急も当初出資)の記述がなく昭和にフォーカスしているあたり、残念ながらインタビューせず図書館にある社史をまとめただけなのかなぁと思いました。

  5. 西武が・・・と思ったらアレ埼玉になるのね。前駅は都内なのに。
    谷津遊園は子供の頃よく行きました。懐かしいね。

  6. これはまた粗末な記事ですね…

  7. 御殿場があるなら富士急ハイランドを挙げてもよいんじゃなくて?
    経営者の富士急行線が都心乗り入れしていないという事情もあろうけど。
    ついでに鉄道事情と関係なく経営を続けていそうな観点も.