戦艦「武蔵」はレイテ沖海戦で本当に“白装束”だったのか? 撃沈間際の伝説の真相は

多くの攻撃を受けたことは事実

 同艦が色を塗り替えて囮になったという逸話に関しては、異論を唱える識者も多くいます。なぜなら当時「武蔵」は日本海軍の戦艦の中で最新鋭で、しかも最大だったからです。本来ならばレイテ湾に突入させる方に使いたいはずです。

 仮に囮役としてならば、第一部隊の戦艦では、「武蔵」「大和」よりも古い「長門」や同じくレイテ湾への突入を目的として編成された第二部隊で旧式の巡洋戦艦であるものの快速を誇る「金剛」「榛名」の金剛型の方が適任であり、最新鋭艦に囮役をさせるというのは考えにくいという話です。

 さらにレイテ沖海戦時、「大和」に関しては甲板を黒色にしていたという話が「軍艦大和戦闘詳報 第三號」に記されており、ほかの艦も同様に黒っぽいカラーにしたのではという説もあるようです。

 しかし色がどうであれ、レイテ島の北西で発生したシブヤン海戦において、ほかの艦にかわり集中攻撃を受け続けたのは事実です。アメリカ海軍の空母艦載機による日本艦隊への攻撃は、空から見るとひときわ船体の大きい「大和」「武蔵」に集中。その際、「大和」はなんとか回避しますが、「武蔵」は第一波、第二波攻撃と続けて魚雷を喰らってしまいます。被害を受けた「武蔵」は段々と速力を落とし、そこにさらにアメリカ艦載機が群がる結果となりました。

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公試運転中に撮られた「武蔵」の写真(画像:アメリカ海軍)。

 敵機からの攻撃により速力が低下し、艦隊行動がとれなくなった後も「武蔵」は対空砲火撃ち続け、戦闘開始から約9時間後に魚雷20本と爆弾17発という膨大な数の直撃を受け沈没。この記録は「世界一被弾火薬量の多い軍艦」としてギネス記録としても認定されています。結果的ではありますが、この集中攻撃で「武蔵」がなかなか沈まなかったからこそ、他の艦船は前進を続けられたともいえます。

【了】

【もの凄い煙と水柱…】これがシブヤン海戦で集中攻撃を受ける「武蔵」です(写真)

Writer: 斎藤雅道(ライター/編集者)

ミリタリー、芸能、グルメ、自動車、歴史、映画、テレビ、健康ネタなどなど、女性向けコスメ以外は基本やるなんでも屋ライター。一応、得意分野はホビー、アニメ、ゲームなどのサブカルネタ。

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