【鉄道のある風景今昔】全車が静かに余生を送る上田交通の「丸窓電車」 第1回エバーグリーン賞受賞車両

上田交通(現・上田電鉄)で750Vから1500Vへの架線電圧の昇圧により引退した「丸窓電車」ことモハ5250形。いまでも3両すべてが保存され、模型化されるほどの人気がある電車です。今回は「丸窓電車」の現役時代と引退後の姿をご覧いただきます。

この記事の目次

・「丸窓電車」は生え抜き車両
・大正時代の木造電車の多くに採用されたデザイン
・集電装置と車体塗装以外は登場時とほとんど変わらず
・そして昇圧・引退

【画像枚数】全18枚

「丸窓電車」は生え抜き車両

 昭和40年代まで、信越本線上田駅付近を起点に3方向に向けて電車が走っていました。その電車が走っていた鉄道は当時、「上田丸子電鉄」と呼ばれていました。上田丸子電鉄は最盛期には総延長が50kmに近い路線網を上田周辺に持つ地方私鉄だったのです。

 しかしながら、モータリゼーションの影響による乗客減で、その路線網は櫛の歯が抜けるように失われていきます。災害で一足早く廃止になっていた西丸子線に次いで丸子線、真田・傍陽線と次々に廃止となってしまい、別所線が残るのみとなってしまいました。

 生き残った別所線も決して状況が良いわけでもなく、何度となく廃止の話が持ち上がっては消えていたというのが実態でした。

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特徴的な丸窓電車の戸袋部分。丸窓は大正期から昭和初期までのデザイントレンドで他の私鉄電車でも多く採用されたが、最後まで残っていたのは少なかった(モハ5251 上田/1980年9月5日、宮下洋一撮影)。

 そのため、設備面でも車両面でも旧来のものを維持せざるを得ず、懐かしい鉄道風景が遅くまで見られたのは皮肉な結果ともいえます。そこで走る生え抜きの電車が今回の主役の丸窓電車ことモハ5250形電車です。

大正時代の木造電車の多くに採用されたデザイン

 モハ5250形 は デナ200形として別所線の前身、上田温泉電軌時代の1928(昭和3)年に日本車輌に発注したオリジナルの車両で、201~203の3両が製造されました。同車は地方私鉄向けに日車が標準設計した15m級3扉両運転台の丸屋根半鋼製車で、ほぼ同一設計の類似車が高松琴平電気鉄道、福井鉄道、京福電気鉄道、北陸鉄道などにも在籍していました。

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丸窓電車の端正なスタイルにスカ色に似たツートンの上田交通のカラーリングが良く似合う。前面のサボは最晩年の設置で、撮影時点では側面のサボだけであった(モハ5251 上田/1980年9月5日、宮下洋一撮影)。
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信越本線上田駅構内から見た上田交通のホームと丸窓電車。国鉄線の脇から発着する田舎電車の典型的な風景であった。この時から42年経った今、信越本線は第三セクターのしなの鉄道に、上田交通は昇圧を経て現在は高架化されてこのような風景は見られなくなった(モハ5251 上田/1980年9月5日、宮下洋一撮影)。

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Writer: 宮下洋一(鉄道ライター、模型作家)

1961年大阪生まれ。幼少より鉄道に興味を持つ。家具メーカー勤務を経て現在はフリー作家。在職中より鉄道趣味誌で模型作品や鉄道施設・車輌に関する記事や著作を発表。ネコパブリッシングより国鉄・私鉄の車輌ガイド各種や『昭和の鉄道施設』・心象鉄道模型の世界をまとめた『地鉄電車慕情』など著作多数。現在も連載記事を執筆中。鉄道を取り巻く世界全体に興味を持つ。

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