11月11日に認可された日本初の私鉄は意外な大幹線 背景に戦争の影響

1881(明治14)年11月11日、日本初の私鉄が国から認可されました。実はこの日本初の私鉄、国内の鉄道網において私鉄ながらも大変重要な路線を建設した会社だったりします。そしてその背景には、ある戦争が存在していました。

東北も山陽も九州も

 1872(明治5)年10月14日に新橋~横浜間で開業した日本初の鉄道は官営、つまり国が建設し、運行するものでした。その後、内閣鉄道院や鉄道省といった鉄道を管轄する国の行政機関が組織されたのち、1949(昭和24)年に日本国有鉄道(国鉄)が発足。しかし経営状況の悪化などから1987(昭和62)年4月1日に国鉄は分割民営化され、現在のJRが誕生しています。

 さて現在、国鉄の流れを汲むJR線であっても、実は元々は私鉄だったという路線、結構存在しています。そうした「元私鉄」の路線とは、いったいどんな路線でしょうか。

 「元私鉄」ということは、日本の鉄道網において基幹となる路線ではなく、地域輸送を担う比較的小規模な路線なのでは、と考えるのが自然かもしれません。基幹となる重要な路線は、国によって建設されていそうです。

 しかし実は、元私鉄のJR線にはそうした地域輸送を担う中~小規模路線もありますが、日本の鉄道網において非常に重要な路線も少なからず存在しています。

 東北地方を縦断し東京と青森を結ぶJR東北本線・いわて銀河鉄道・青い森鉄道は、日本鉄道という私鉄が建設した路線です。山手線(品川~田端)や高崎線(大宮~高崎)も日本鉄道が建設しました。

 また、山陽地方において鉄道網の幹となるJR山陽本線も山陽鉄道という私鉄が、九州地方において幹となるJR鹿児島本線も九州鉄道という私鉄が建設しました。

 なぜこうした重要路線が、国ではなく民間によって建設されたのでしょうか。

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