【空から撮った鉄道】晩秋の山脈地帯を行く小さな列車 大井川鐵道井川線

大井川鐵道井川線は千頭~井川間25.5kmの鉄道で、路線愛称は「南アルプスあぷとライン」。大井川に沿い、途中では日本唯一のアプト式区間を走り、赤石山脈(南アルプス)の急峻な山々を縫います。紅葉真っ盛りな時期に飛んできました。

井川線の空撮は今回が初めて

 静岡県葵区は静岡駅や県庁など県の中枢を成す区ですが、静岡・山梨県境の赤石山脈の山々が幾重にも続く県境付近までカバーしている大変大きな区でもあります。そして同じ区内でもガラッと表情を変えたかなり山深い場所に、大井川鐵道井川線が走っています。

 井川線は千頭から大井川の上流部分を沿って、ほぼ山肌にへばりつくように右へ左へと線路がクネクネ続きます。その路線を空撮しようと思いつきました。井川線はすべて客車列車で、小さな機関車と客車に魅力を感じるだけでなく、日本唯一のアプト式区間が存在するからです。

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井川駅へ到着する千頭行き列車。写真右下が井川駅。そのすぐ左側の山肌に列車がいる(2019年11月18日、吉永陽一撮影)。

 大井川鐵道を空撮する時は、いつも静岡県内での撮影業務と絡めます。毎回SLが走る区間を空撮してきましたが、そういえば井川線とアプト式は未撮でした。

 撮影日はつい2週間ほど前の2019年11月18日(月)。静岡県内の天候は富士山の雄姿も拝めるほどの申し分のない晴天です。朝に調布から静岡市内へ到達して山間部のほうをみると、やや雲があるものの稜線がくっきりと見えているので、井川方面は問題なく行けそう。

 やがて富士市での撮影が終わり、そこから一気に井川へ飛びます。直線距離にして約45kmで、だいたいの所要時間は20分くらい。ただし標高1000mを超える身延山地の山々が連なるため、高度を上げます。

 しかし懸念なのは、風が強いということ。雲も取れてきてよく晴れているぶん風が強く、セスナ機も向かい風で多少速度が落ちます。ひょっとしたら撮影予定の列車に間に合わないかもしれない。井川線は本数が少ないため、遅れた場合はどこで撮るか、機内で時刻表と睨めっこしながら行程を考えていました。

 さらに眼下は身延山地で、前方は赤石山脈の稜線。地形がかなり複雑なため風もより強く、小さな機体はよく揺れます。常にグラグラ揺れているだけならまだマシですが、いきなり大波が来たようにガツンと激しく揺れることがあるので、気は抜けられません。こればかりは10数年飛び続けていても嫌なものです。

 現地へは予定よりもちょっと遅れて着きました。場所は川根本町と葵区の境界線である閑蔵駅付近です。紅葉もちょうどいい感じで、道路橋の「新接岨大橋」が遠くからでもよく見えます。その付近に線路があって、井川行きの列車が走っているはずだが……、はて見当たらない。晴れているのは嬉しいけれど山影がひどく、暗部は肉眼で見えづらい状況です。標高1000m超えの山々に囲まれ、機体も風で小刻みに揺れ、高度はそんなに下げられません。

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千頭行きの列車が井川ダムを横目に紅葉の木々のなかに吸い込まれていく(2019年11月18日、吉永陽一撮影)。

 数分旋回していると、奥泉ダム付近の山影で何か動くのが見えました。井川行きの列車です。車両は軽便鉄道並みに小型なので、紅葉真っ盛りの山肌を縫って走る姿を辛うじて捉えることができました。こんなに山奥で、いくつものダムの脇を通るのかと、あらためて感嘆します。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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