橋をくぐるMiG-17 コレが実は大事件! コトの顛末と地元紙1面を飾った写真の「真実」

ところで冒頭の大スクープ写真はというと…

 プリヴァロフはこの事件後も航空隊勤務を続け、ゴーリキー飛行連隊の飛行隊長まで務めますが、1977(昭和52)年に心血管疾患のため飛べなくなり、エアフーリガンらしく飛べなければ軍に残る意味はないと退役します。出世とは無縁だったようで、最終階級は中佐でした。2021年現在もモスクワで存命です。

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MiG-17戦闘機。初飛行は1950年1月、1万機以上生産された。2021年現在でも空軍現役機や個人所有機が存在する(画像:Daderot、CC0、via Wikimedia Commons)。

 ところで最初に「橋をくぐる写真が残されている」と述べましたが、現代のように誰でも携帯電話のカメラを持っている時代ではありません。ましてや事前に予告されたアクロバット展示でもなく、プリヴァロフ大尉の発作的行動です。そのような大スクープ、どうやってシャッターチャンスを捉えたのでしょうか。

 結論をいうと、その写真はコラージュされたフェイクです。映えを狙って捏造されたというわけでなく、このネタでノヴォシビルスクを有名にしようと後日、ノヴォシビルスク美術館の依頼を受けて、デザイナーのエブゲニー・ソチチョフスキーが制作した作品といわれています。意図的に構図や縮尺を崩し、よく見れば現実の写真だとは見えないようになっています。地元新聞「イブニング・ノヴォシビルスク」1面にも掲載されますが、スクープ写真というより挿絵的な扱いでした。

 当時のソ連では構図のおかしいコラージュ写真が散見されますが、真実を写した写真というより、プロパガンダ目的の挿絵的作品だったようです。現在のデジタル写真は加工前提の素材ですが、当時も映え狙いやさまざまな意思で写真はいじられていました。ただしデジタル機器もない手作業時代であり、コラージュにしてもヒドすぎる作品も残っています。

【了】

飛行機が残念すぎて主役を食ってしまった旧ソ陸軍のプロパガンダ写真

Writer: 月刊PANZER編集部

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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コメント

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7件のコメント

  1. 追跡され撃墜されたのかと思いました。 
    写真も集合写真から失脚した政敵だけを消すなどということが行われていましたね? 

    日本ではANA機をハイジャックした犯人がレインボーブリッジの下を通るよう命じたが、(このあと斬殺された)パイロットはソフトに拒絶したそうですね。あの殺人犯が訴えたという空港のセキュリティホールは完全に解消されたかは知りません…

  2. 橋の下を飛行機でくぐるといえば、映画「サンダーバード6号」では、タイガーモスで高速道路上を横断する高架橋の下をくぐる実写シーンがある。 
    撮影許可の条件として、タイガーモスの車輪を高速道路の路面に付けた状態で高架橋をくぐらなければならなかったが、何を間違ったか、飛行したままでやってしまった。
    当然、撮影許可は取り消され、パイロットは拘束されたが、刑事裁判で無罪を勝ち取ることには成功した。

  3. この写真はほんものか疑わしいでしょう。なぜなら航空機が橋下からこの写真の位置まで飛行する間に橋下の飛行経路の両側の水面があそこまで高く上がることはあり得ません。まあ航空機がプロペラ機ぐらいゆっくりと飛んでいれば別ですが。

    • あの…最後にそう書いてありますけど…

    • 記事ぐらい全部読めや

  4. この写真はフェイクです。

  5. これは、写真ではありません、絵ですね。
    水面スレスレに飛行して、橋をくぐった後飛び上がる時に、こんなに水しぶきが跳ね上がるのはおかしいですね。橋をくぐる時に失敗して、水面に飛行機が当たって、飛び上がるのなら、ここまで水が跳ね上がるのは分かりますが、水面を飛行したいただけなら、ここまで水は上がらないですよね!。