戦車の砲はなぜひとつ? 多砲塔戦車が廃れ単砲塔単砲身に落ち着くまでの紆余曲折とは(写真14枚) 読み込み中... 日本で製作された九五式重戦車。中戦車の大量生産が優先された結果、制式化されたものの生産数はわずか4輌である(画像:月刊PANZER編集部)。 イギリスの中戦車Mk.3の俯瞰写真。本車も結局試作3輌のみで終わった(画像:月刊PANZER編集部)。 戦場で遺棄され、ドイツ軍に調査されるT-35重戦車。本車が量産化された最後の多砲塔戦車となった(画像:月刊PANZER編集部)。 ソ連がT-35の後継としてT-100と共に開発したSMK重戦車。こちらも当初は砲塔3つ装備する予定だった(画像:月刊PANZER編集部)。 アメリカのM2A2軽戦車。双砲塔型である(画像:月刊PANZER編集部)。 イギリスのボービントン博物館に展示・保存されている「インディペンデント」重戦車(月刊PANZER編集部撮影)。 1920年代にテストされた「陸上艦隊」を捉えた写真。「インディペンデント」重戦車の周囲に豆戦車が併走している(画像:月刊PANZER編集部)。 1両だけ造られた「インディペンデント」重戦車。中央の大型砲塔(3ポンド砲搭載)の周囲に7.7mm機関銃搭載の小型砲塔を4つ配置している(画像:月刊PANZER編集部)。 英が1930年代に開発した巡航戦車Mk.1。多砲塔戦車の思想を残し機関銃搭載の小型砲塔を2つ装備。車内は窮屈で、砲塔の旋回角度も限定された(画像:月刊PANZER編集部)。 1920年代末に製作された中戦車Mk.3。3ポンド砲搭載の主砲塔の前に機関銃搭載の小型砲塔を2つ装備する。そのため乗員は7名と多かった(画像:月刊PANZER編集部)。 第一次ソ・フィン戦争でソ連が遺棄した車体を再整備の上、自軍の戦車として配備したフィンランド軍のT-28(画像:月刊PANZER編集部)。 現在、ロシアのクビンカ博物館に展示・保存されているT-35重戦車(月刊PANZER編集部撮影)。 T-100重戦車。設計時は砲塔を3つ装備する予定だった。T-35重戦車の後継として開発されたが、試作2輌で終わった(画像:月刊PANZER編集部)。 独が少数製作したNbFz(ノイバウ-ファールツォイク)。ノルウェー侵攻作戦に参加以降は、もっぱら独国内で戦意高揚の広報用として使われた(画像:月刊PANZER編集部)。 関連記事 ファン必見!「バリバリ伝説」ポスター広告が新宿駅に登場 (PR)バイク王 太平洋の島々を守るための「新兵器」新型揚陸艦をいきなり35隻って大丈夫? 大量調達のための米軍“秘策”うまくいくか 本間ゴルフ・小川社長が語る“変革の真意” 「TW777」が示す挑戦の第一歩 (PR)本間ゴルフ “戦闘機”ではなくても「空戦」が可能に!? 未来の装備がついに空中テスト開始へ!?「年内を目指す」 なぜゼクシオは売れ続けているのか (PR)ダンロップスポーツマーケティング この画像の記事を読む