人命軽視は風評被害? 零戦の評価の分かれ目「防弾板」、その実際のところとは

「レッドブルエアレース千葉2017」のエキシビションで東京湾上空を飛行する零戦(関 賢太郎撮影)。
「レッドブルエアレース千葉2017」のエキシビションで東京湾上空を飛行する零戦(関 賢太郎撮影)。
零式艦上戦闘機二二型の残骸をベースに大部分をロシアで復元したものなので、イメージとは逆にかなり新しい機体である(関 賢太郎撮影)。
零戦を操縦するパイロットの柳田さん。アメリカ在住であり、昔から零戦のパイロットになることが夢であったという(関 賢太郎撮影)。
帝国海軍はミッドウェー海戦にて、最後まで残った飛龍を含め計4隻の空母を喪失した。写真は同海戦の飛龍。飛行甲板後方に「ヒ」の字が見える(画像:アメリカ海軍)。

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コメント

18件のコメント

  1. 休日デモに航空イベント、護衛艦の公開とか、いい加減に先を詠まれる集会やめたら?

  2. なるほど!勉強になりました。
    零戦は世界に誇れる歴史的遺産だと思いますが、
    熊本城と零戦の話も話題になっていますね。

  3. 人名軽視は風評でも無いのでは? 被弾に弱かったのは確かだし、しかも軽量化のしすぎで機体強度が足りずに急降下速度も落ちているため、F4F相手でも苦戦するようになったし。

    • 当時、零戦に限らず96陸攻、一式陸攻、99艦爆、97艦攻も防弾装備が有りませんでした。隼や、鍾馗は装備していましたが、7.7㎜防御のため事実上機体の重量が増加しただけで、効果は有りませんでした。相手国の実験で証明されています。

  4. そんなに戦争が好きですか?

    • ここでは零戦は別に人命軽視されたコスト削減機ではないという話をしているのに
      なぜそこで戦争が好きか否かの話になるのか理解できない。

    • まあ、南極観測船宗谷なんて民間船当時に戦下で運良く魚雷を逃れた運の良さを買われて改造されたと聞いたし、氷川丸も医療船だったり各々悲しくも嬉しい歴史を知るには保存は大切だと思うよ、

    • 零戦を貶さない=戦争大好き と判断するとはずいぶんと頭がいいですね(共産党的に)

  5. ドッグファイトで一番被弾率の高い主翼に燃料タンクを搭載するわ、軽量化のしすぎでカタログスペック以下の速度しか出せないわ、超長距離航行できるんだぜ!とか自動操縦システムないわオムツはかされてウンコシッコ垂れ流し状態で数時間操縦席にいなければならないわパラシュートはその座席の下にあるからウンコシッコ臭はんぱねぇわ、機関銃のサイズでか過ぎ&軽量化のし過ぎで台座がポンコツだから撃つたびに主翼がガタついてどこ撃ってんのあんた?状態になるわ、設計図は外国のボツ案戦闘機の設計図をコピーして日本製のポンコツエンジン乗せたもんだからどうやって改良したらいいのかもわからずわずか数年で他国の戦闘機にスペック&実戦においておいてきぼりにされる(残念ながら帰ってきたゼロ戦があまりにも少なすぎるため敵対国の帰ってきた人達の情報が元になっております^^;それほど無謀&故障&撃墜されている証拠です)わ・・・今にして考えれば狂気の沙汰としか思えない空飛ぶ棺桶にしか思えないんですよねコレ・・・

    • 無根拠過ぎるので勉強してきてください。

    • あんまりにも知らなさすぎます、勉強してきてください。

  6. 設計で炙り出せない不具合は試験飛行しかない!特に航空機は不具合が命取り!しかしそれを飛ぶ棺桶にしないためにも自ら試験飛行の操縦をかって出てて命を危険に晒してまで未知の開発に携わった試験飛行士が不幸にも試験飛行中に亡くなったりもしただろうに!開発者の悔やんでも悔やみきれない気持ちは計り知れないだろう!そうやって今の世の安全は削られた命の恩恵なんだよ!俺は航空の世界はよく分からんが、試験飛行だってそこそこ腕のたつ上官クラスが部下達の殺陣になってのことじゃなかったのかな?せっかく豊富な航空知識があっても飛ぶ棺桶なんて決して表現してはダメだ!

  7. 欧米の水準よりいつも低馬力のエンジンしか入手出来なかったから、軽量で対抗する以外策が無い。零戦に限らず他の日本軍機共通の悩みやね。排気量の大きさは出力を得る最大の要素だが、零戦の後継機に装備された「誉」みたいに少ない排気量から無理をすると耐久性や信頼性が犠牲になることは真理みたいなものだ。防弾版は戦前各国の主流になると想定されていた20ミリ銃に対して無意味だったので装備しなかったという話も見たことがあるが、出力に余裕があれば気休めでも装備は可能だろう。

  8. 正しく書き換えておきますね。

    ただ単に零戦の開発が始まった1937(昭和12)年の時点において、防弾板の必要性については[日本海軍において]認知度が低かっただけにすぎず、ほぼ同時期に開発された他国の戦闘機は、一部[の日本海軍の零戦]を除いてほとんどが搭載していました。[同時期に開発されていた陸軍の隼も1939年から防弾板を追加装備していました。]

  9. 開発スタートが零戦の2年後で出力に余裕があり、味方制圧地域上空の対爆撃機戦闘を想定した雷電は要求時点で防御の要求があり、量産機には防弾ガラスまで装備された。
    零戦に関して実戦部隊からの防御の要求もあったがそれほど優先的な話ではなく、炭酸ガスの消火装置で要求に応えていたのが実情。それより航続力や携行弾数の改善の方が大きかったようでそれに沿った改良型が22型や52型だったりする。
    零戦の根本的なパワーアップは金星エンジン装備の6X型まで持ち越され結局間に合わなかったけど、堀越氏の弁によれば、ユーザーに受け入れられることを優先して小型の瑞星や栄を想定したのが裏目に出たとも。
    排気量の大きな金星は零戦の開発スタート時でも入手は可能で、最初から金星ベースで実用化していれば零戦の陳腐化を遅らせることが出来たのではないかと残念に思う。しかし燃費に関して栄より悪いので若干大きな凡庸な飛行機になったかもしれない。

    • 実のところ、金星でも最終で1300馬力位しかない。(離昇出力1500馬力これは発進時の出力)技術力が決定的に不足していたのが現実です。

  10. 0戦の人命軽視の欠点とか言う記事もありますが、問題外とおもいます。あのP51でさえ百里基地攻撃の帰りに日本の紫電改に追撃され、50発ほどの銃撃で飛び去る紫電改をなぜと思う私、しかしP51の方に
    目を向ければ,1機は火を吐きもう1機はスピードを落としカーブしながら海の中、その後乗務員の死体が
    漂着しましたが胴体の真ん中を撃ち抜かれ即死の状態、防御板などあまり役に立たない事をしりました。

  11. 零戦の主任設計者堀越二郎氏の著書「零戦」 カッパブックス昭和45年、 にこんな記述があります。
    昭和18年4月末に海軍航空本部が作った「将来の戦闘機計画上の参考事項」の中で、つぎのように言われている。
    「零戦は総合的性能概ね優秀にして、現状において南西方面に出現の米戦闘機F4Uに対して特に遜色を認めず。・・・戦闘機と言えども将来は、防弾を考慮するを要す。つまり、戦闘機と言えどもと言う言葉に端的に表れているように、防弾に憂き身をやつすより、防弾に費やす分だけでも重量を減らして運動性をよくし、攻撃力を増すほうが有利だったのだ。防弾の欠如は攻撃力を強めるという積極的な意味をもっていた。事実零戦に防弾が必要となったのはアメリカが圧倒的多数の大馬力の新鋭戦闘機を戦線に投入しはじめてからである。そのころはベテランパイロットの数も減り格闘戦をこなせることが出来なくなった背景がある。レイテ戦で七面鳥打ちなどと揶揄されるまでになる。