オートバイと戦車が合体!? 奇妙な乗りもの「履帯バイク」とは 宮城県でコンビニ行くのに使われてた! 読み込み中... 拡大画像 ケッテンクラートは、車体後部のシートに2人の兵士を後ろ向きに乗せて走る事が可能であった。中央の小型特殊の緑ナンバープレートの上には、これもノテック社製の間表示灯が、その上には電源コネクターも見える。また後部左右の赤い反射板や下のウィンカーは、日本の道交法に合わせて取り付けられた物でオリジナルではない(吉川和篤撮影)。 拡大画像 右斜め後ろ上方から見たバスタブ形状の車体には、シートや計器板(左から回転計、水温計、速度計)、シフトレバー(右)と高速/低速切り替えレバー(左)、袖部左右に給油口蓋などが見える。計器板下の左右に見える円形のゴム製パッドは膝あて(吉川和篤撮影)。 拡大画像 右斜め後方から見たケッテンクラート最後期型。後部の左右アームレストにはKar98k用のライフルラックが取り付けられているが、左のラックには対戦車兵器のパンツァーファウスト30が見える(吉川和篤撮影)。 拡大画像 エンジンカバーを開けて車体右斜め前方から見たオペル「オリンピア」用の水冷直列4気筒OHVガソリンエンジン(左)と、それに繋がるクラッチや変速機など(吉川和篤撮影)。 拡大画像 操縦席の前方には円筒形の小物入れの蓋があり、右側が工具入れで左側の赤十字マークが描かれた蓋は包帯などの救急セット入れである(吉川和篤撮影)。 拡大画像 ケッテンクラートの履帯には、路上での走行性能向上と静粛性などを目的としたゴム製パッドがボルト止めされている。また千鳥足(オーバーラップ)配置の転輪構造も見える(吉川和篤撮影)。 拡大画像 後期型以降で唯一残されたノテックライト(灯火管制灯)。ミュンヘンのノーファ・テヒニック(ノテック)社がドイツ国防軍と共同開発したもので、夜間に敵機や地上の敵からの視認性を下げる灯下管制型の照明装置であった(吉川和篤撮影)。 拡大画像 車体後部のシートを上げると、レンチやペンチ、ワイヤーカッターなどを収納する、平たい工具入れのスペースになっている(吉川和篤撮影)。 拡大画像 宮城県在住の軍用車コレクターの方が所有するケッテンクラート(Sd.Kfz.2)。オリジナルの最後期型で、フロントフォークの前照灯は中期型で廃止されたために、「ノテックライト」と呼ばれる灯火管制灯だけになっている(吉川和篤撮影)。 拡大画像 1943年から翌年に掛けての冬期ロシア戦線で撮影されたケッテンクラート前期型。フェンダー左右には後期型より廃止された涙滴形の車幅灯が見える。今回見学した実車は最後期型だが、ウィンカーとして使用するために装着している(吉川和篤所蔵)。 拡大画像 オリジナルのケッテンクラートは、日本国内でも複数台の存在が確認されている。写真の車体は大阪府門真市の海洋堂本社倉庫に保管される、走行可能な後期型である(吉川和篤撮影)。 この画像の記事を読む