孤軍奮闘した空母「飛龍」のミッドウェー 却下された意見具申は命運を変え得たか? 読み込み中... 拡大画像 アメリカにろ獲され、1943年2月メリーランド州の海軍航空テストセンターで飛行する九七式艦攻(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 「赤城」所属の九九式艦爆十一型。 拡大画像 日本軍のミッドウェー サンド島空襲で破壊された海兵隊所属F4F-3戦闘機(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 「加賀」に投弾し、対空砲火による被害を受け「ヨークタウン」に着艦した「エンタープライズ」所属のSBD-3爆撃機。尾翼が破損している(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 空母「鳳翔」の九六式艦攻が撮影した、沈没直前の「飛龍」(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 1942年6月19日、アメリカ駆逐艦「バラード」に救助された「飛龍」の生存者。左にスプリングフィールド小銃を持った海兵隊員が見張っている(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 ミッドウェー海戦に臨む「飛龍」。写真右側に敵の水平爆撃で弾着した水柱が上がる(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 1941年11月24日撮影のミッドウェー環礁。手前がイースタン島、奥がサンド島。陸地面積は6.23平方キロメートル(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 反撃に転じた「飛龍」を発った艦攻の魚雷が「ヨークタウン」に命中した瞬間。救援に駆け付けた重巡「ペンサコーラ」から撮影(画像:アメリカ海軍)。 拡大画像 現地時間5日早朝に空母「鳳翔」艦載機が撮影した炎上する「飛龍」。飛行甲板前部が大きく破壊されている。この数時間後に沈没したとみられる(画像:アメリカ海軍)。 この画像の記事を読む