目的は“北千住で降りないで” 東武「浅草・押上う回制度」 2ルート定期券の先駆? 読み込み中... 拡大画像 1970年の北千住駅。東武線と日比谷線の対面乗り換えで混雑していた(画像:東武博物館)。 拡大画像 1975年。この頃は地下連絡通路を介してホーム間を移動していた(画像:東武博物館)。 拡大画像 1975年。この頃は地下連絡通路を介して移動していた(画像:東武博物館)。 拡大画像 1981年。千代田線の連絡通路も混雑した(画像:東武博物館)。 拡大画像 浅草う回制度のスタンプ。定期券に押されたこのスタンプを見て駅員が判断していた(画像:東武鉄道)。 拡大画像 日比谷線用だった20050型。北千住と日比谷線の混雑緩和が進められていた1992年デビュー(画像:東武鉄道)。 拡大画像 2020年まで日比谷線直通用に使われていた東武20050型。ホームの両端に階段のある駅が多い日比谷線の混雑緩和のため、前後各2両は5扉(画像:東武鉄道)。 拡大画像 う回制度は、東武線から北千住ではなく浅草方面で地下鉄に乗り換えてもらい、北千住の混雑を緩和する目的があった(国土地理院の地図を加工)。 この画像の記事を読む