“消えたフェリー会社”の思い出が止まらない…! 引退間近「さんふらわあ しれとこ」深夜便ならではの魅力とは? それは長い長い旅の終わり〈PR〉
デイクルーズとなる深夜便ならではの楽しみも
朝目覚めると、「さんふらわあ しれとこ」は八戸沖にいました。
ホールにある自動販売機で買った冷凍カツサンドを電子レンジで温め、やはり自販機の缶コーヒーとともにいただきます。
ニューれいんぼうべる時代は朝と昼に、実際に調理された定食などが提供されていたのですが、料理の受取口はいまや閉ざされ、観光パンフレットなどの置き場になっています。
ホール入口にある「さんふらわあ文庫」にはコミックや小説などさまざまな書籍が並びます。その一部は、東日本フェリーのころからあるそうです。
8時に展望浴場がオープンしたので、朝風呂とサウナを楽しみます。
入浴後、船首ラウンジへ。ニューれいんぼうべる時代は土足で入ったものですが、「さんふらわあ しれとこ」になる際にカーペット敷きにして、現在の靴を脱いで入室する形に改めたそうです。
キャプテン気分でラウンジの窓をのぞくと前方に本州最東端の地、トドヶ崎(岩手県宮古市)が見えます。
しばらくはデッキから三陸リアス式海岸の見事な景観を楽しみます。しばらくすると釜石大観音の姿を海上より拝みます。
海風を浴びるデッキといえば、「さんふらわあ」の僚船との行きあいも楽しみの一つでしょう。この日の7時過ぎには夕方便「さんふらわあ さっぽろ」、10時30分ごろには深夜便「さんふらわあ だいせつ」が右舷側に見られました。
デッキには大きな望遠レンズのカメラを担ぎながら、ずっと海を眺めている女性も。この人はバードウオッチャーのようです。日中の運航時間の長い深夜便は、海鳥の観察には絶好の乗り物です。
大洗発着の深夜便を往復利用してのバードウォッチングプランが、水戸市の旅行会社によって企画されていますが、なかなかの人気と言います。
そんな船内には「海からの風」と題し、トビウオやイルカなどの生物写真がキャプテンの解説文付きで展示されていました。この写真は2018年にキャプテンが操舵室から自ら撮影したものだそうです。
大洗~苫小牧航路の歴史をたどる深夜便の船旅
夕日が沈み、茨城県の海岸線が光の一筋になって現れます。
そして19時30分、闇に包まれるなか出港を待つ「さんふらわあ ふらの」がいる、目的地の大洗港に到着しました。
下船し、ターミナルの1階に向かいます。かつて東日本フェリーの乗船受付カウンターがあったところに、「さんふらわあ5」の模型がディスプレーされています。
日本高速フェリーでデビューした船の模型を大洗で見て、苫小牧で日本沿海フェリー第1船「しれとこ丸」のモデルシップを眺める。「さんふらわあ」と「しれとこ」の名を受け継いだ深夜便の船旅は、大洗~苫小牧航路の歴史をたどる旅なのかもしれません。
2025年、大洗~苫小牧航路はエポックメイキングな年を迎えます。しれとこ・だいせつ姉妹に代わり、LNG(液化天然ガス)燃料フェリー「さんふらわあ かむい」「さんふらわあ ぴりか」がデビューします。レトロ感漂う深夜便の就航船は、一気に時代の最先端をゆく船に入れ替わるのです。
商船三井さんふらわあでマネージャーを務める中濵秀人さんは、かつてのニューれいんぼう姉妹の引退についてひとこと「寂しいですね」と漏らしました。
中濵さんは東日本フェリー時代からこの船に乗っており、料理を提供しているころは厨房(ちゅうぼう)を切り盛り。映画『白い船』の舞台となった塩津小学校の子どもたちとの交流もいい思い出だと話します。
引退間近となる「さんふらわあ しれとこ」「さんふらわあ だいせつ」ですが、中濵さんによるとカメラを持って熱心に船内各所の撮影をするファンの姿も最近は多いと言います。
東日本フェリーの面影は、まもなく消える運命にあります。虹(れいんぼう)からひまわり(さんふらわあ)へ。でも、そのぬくもりは新しい船にも受け継がれていきます。
Writer: カナマルトモヨシ(航海作家)
1966年生まれ。日本のフェリーだけでなく外国航路や、中国・韓国の国内フェリーにも乗船経験が豊富な航海作家。商船三井のホームページ「カジュアルクルーズさんふらわあ」や雑誌「クルーズ」(海事プレス社)などに連載を持つ。