戦艦「扶桑」は別格? 旧国名が使われなかった理由 いまだ海自が使わない “とっておきの艦名” は 読み込み中... 1915年8月24日、全力公試中の「扶桑」。改装前の姿で、艦橋の形状はかなり違う(画像:アメリカ海軍)。 旧日本海軍の扶桑型戦艦(画像:アメリカ海軍)。 1921年に撮影された扶桑の3番砲塔。「YAMASIRA」とメモ書きされているが「扶桑」といわれている(画像:アメリカ海軍)。 戦艦「扶桑」の主砲である45口径四一式36cm連装砲(画像:アメリカ海軍)。 戦艦「扶桑」の主砲である45口径四一式36cm連装砲(画像:アメリカ海軍)。 旧日本海軍の戦艦「扶桑」(画像:アメリカ海軍)。 1944年10月24日、スールー海の「扶桑」。上は巡洋艦「最上」(画像:アメリカ海軍)。 1944年10月24日スールー海で爆撃を受ける「扶桑」または「山城」(画像:アメリカ海軍)。 1933年の第一次改装後に撮影された戦艦「扶桑」。その艦橋の造形が特徴的(画像:アメリカ海軍)。 旧日本海軍として初めて1905年に制定された艦艇命名基準に則り、旧国名の艦名となった戦艦「薩摩」(画像:アメリカ海軍)。 1930年代に東京湾で撮影された第二次改装後の写真。手前から「山城」「扶桑」「榛名」(画像:アメリカ海軍)。 関連記事 「宮ヶ瀬」がさらにライダーの聖地に! 官民プロジェクト始動 (PR)バイク王 1隻9500億円超! 計画断念が生んだ「令和の戦艦大和」なぜイージス・システム搭載艦は巨大化した? 【見逃し配信中!】「自動車DXサミット vol.4」 (PR)アイティメディア/メディア・ヴァーグ 分倍河原駅に背を向ける騎馬像 一体どんな武将? そもそもJR南武線の方を見ていないワケ 「客船の出入港でチョコマカ動く小さな船、邪魔じゃないの?」まさに“縁の下の力持ち”必要不可欠なワケ この画像の記事を読む