ヒトラーが生んだ「世界的名車」なぜユダヤ人が協力? 独大企業の飛躍にかつての敵が尽力したワケ 読み込み中... オランダのフォルクスワーゲン正規代理店・ホフマンによって1949年にアメリカ市場に輸出された最初の「タイプ1」。このとき2台が輸出されたが、アメリカの消費者からは相手にされず、スペアパーツとセットで投げ売りされた。 ヴォルスブルグのフォルクスワーゲン工場で生産される「タイプ1」。1960年に撮影された写真。 。1959~1964年までアメリカ現地法人の「フォルクスワーゲン・オブ・アメリカ」を率いたカール・H・ハーン。ウィリアム・バーンバックの広告宣伝とともに、彼の尽力がアメリカ市場での成功をもたらした。2011年にフォルクスワーゲン社から生涯功労賞を授与されたときの写真(画像:フォルクスワーゲン) ハースト少佐の後継としてフォルクスワーゲンの社長となったハインツ・ノルトホフ。 アメリカの伝説的な広告代理店「DDB」の社長兼クリエイティブ・ディレクターのウィリアム・バーンバック。彼はユダヤ人であったが、フォルクスワーゲンのアメリカ現地法人の依頼を引き受け、担当のアートディレクターのヘルムート・クローネを起用。ユニークな広告でヴォルクスワーゲンの名をアメリカ国民に浸透させた。 第2次世界大戦中に多用された軍用小型車両「キューベルワーゲン」。ヒトラーの国民車構想によって誕生した「kdfワーゲン」のコンポーネントを使って製造された(齋藤雅道撮影)。 100万台生産記念を達成した1955年型フォルクスワーゲン「タイプ1」(画像:フォルクスワーゲン)。 フォルクスワーゲンの窮地を救ったイギリス陸軍のアイヴァン・ハースト少佐(画像:フォルクスワーゲン)。 関連記事 「直せない」を終わらせる! 愛車を守るレッドバロンの舞台裏 (PR)RED BARON 「たしかに危険」サッカー三笘選手が事故した現場に行ってみた 表示なき「隠れ歩車分離式信号」のワナ 日本を守る最新レーダー「SPY-7」 その実力をロッキード・マーティンに聞いた (PR)lockheedmartin 「ブラッドレーなら300両あるよ!」防衛展示会で発見した奇抜な“中古車店”の正体とは!? 実は今の戦場に一番必要な存在? あの巨摩郡の愛車が令和に復活!? ライダー必見のエモ動画も (PR)バイク王 この画像の記事を読む