蚕の繭からブルドーザ、AIBOまで 明治以降の日本の技術を振り返る「千の技術博」開催(写真16枚) 読み込み中... 拡大画像 100年前の「ミルバーン電気自動車」と世界で始めて実用化されたロータリーエンジン搭載のマツダ「コスモスポーツ」(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 入り口のポスター(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 ダルマ型自転車。明治20年代から30年代日本製。前輪が大きいのはペダルで直接車輪を駆動するので、スピードを出すため。前方に転倒しやすい欠点があった(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 1901(明治34)年、大阪の日本生命保険本店に日本で3番目に設置されたエレベーターのかご室。当時の制服を着たエレベーターボーイが乗っている(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 二式一一五○馬力発動機(ハ115II)(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 二式一一五○馬力発動機(ハ115II)後方の鉄のカタツムリ状の物は1930年に開発された高速度カメラで1秒間に4万5000コマを撮影できた。航空機の空力学研究に使われた。超高速でフィルムが回転するため、安全のため強固なカバーが付けられた(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 探査機「はやぶさ」のマイクロ波放電式イオンエンジンμ10(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 1920年ごろのミルバーン電気自動車。構造が簡単で扱いやすいので、1920年代アメリカでは約3割の自動車が電気自動車だった(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 コマツブルドーザーG40。ドーザーブレードを油圧で駆動する方式は当時まだ珍しかった(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 コマツブルドーザーG40。急造のため、農業用トラクターにドーザーブレードを付けたものという(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 フロントグリルに取り付けられた日本帝国海軍のマーク(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 身近だったのに、いつの間にか見かけなくなった通信技術(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 コマツブルドーザーG40(小松1型均土機)。1943年製造。海軍の要請から1か月で急造したという(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 ふたつの「はやぶさ」のエンジン。手前が「マイクロ波放電式イオンエンジンμ10」、奥が「二式一一五○馬力発動機(ハ115II)」(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 戦後初の国産旅客機YS-11の風洞模型(月刊PANZER編集部撮影)。 拡大画像 いまや生活に欠かせないパソコンも、最初は「理科系オタクのおもちゃだった」(月刊PANZER編集部撮影)。 この画像の記事を読む