「不沈」「不死身」とうたわれた旧軍重巡「青葉」の最期 3度の大破も生き残った幸運艦 読み込み中... 1945年7月28日の呉空襲でアメリカ空母「サン・ジャシント」艦載機が撮影した「青葉」。艦橋から煙が上がり、後部には爆弾の命中した痕がある(画像:アメリカ海軍)。 1945年10月9日に「青葉」の艦橋射撃指揮所から後方を撮影したもの。手前から前部煙突、後部煙突、対空銃座、マスト、水上機運搬用レール、20cm連装砲塔(画像:アメリカ海軍)。 1945年10月12日に呉で撮影された「青葉」。艦体は着底傾斜している。所々に植生があるのはカモフラージュしようとしたため(画像:アメリカ海軍)。 就役直後の1927年9月30日に長崎で外国艦によって撮影された青葉。この写真はアメリカ海軍の情報部に渡り分析に使用された(画像:アメリカ海軍)。 就役直後の旧海軍重巡洋艦「青葉」(画像:アメリカ海軍)。 1927年7月23日に撮影された公試中の「青葉」。 「青葉」後部のカタパルトに水上機が見える(画像:アメリカ海軍)。 「青葉」の艦橋から撮影した20cm連装砲塔(画像:アメリカ海軍)。 1936年に撮影された「青葉」の後甲板から見た艦橋と煙突。手前にはサーチライトが見える(画像:アメリカ海軍)。 1945年10月12日に撮影された「青葉」。同年7月28日の空襲で着底している。背景に見えるのは呉の街並み(画像:アメリカ海軍)。 関連記事 日本を守る最新レーダー「SPY-7」 その実力をロッキード・マーティンに聞いた (PR)lockheedmartin 砂利・軍需品から競馬ファン・囚人まで! いろいろ運んだ異色の国鉄線、廃止50年だけど一部現役の数奇な歴史 【マジで1万円以下】超大国インドの爆安タイヤを履いたら凄すぎた! (PR)AUTOWAY 中国海軍の「巨大ミサイル艦」沖縄近海に出現! “海自まや型超え”の大きさ 空母「遼寧」と航行する様子を防衛省が公開 中央線の立役者だった「明治の鉄道王」 全国展開した「軽便王国」は建設費10分の1も…10年あまりで見えた限界 この画像の記事を読む