なぜ「日本の道路は信じがたいほどひどい」と言われちゃったのか 外国調査団が仰天したその光景 読み込み中... ワトキンスレポートに掲載された写真のひとつ。未舗装路のぬかるみからクルマを押して脱出するようなこともしばしばだったようだ(画像:国土交通省)。 環七通りと第二京浜が交わる東京の松原橋。1940年にできた日本初の自動車道路の立体交差(瀬戸利春撮影)。 コンクリート舗装。戦前にはこうしたコンクリートによる舗装も少なくなかったが、補修などの点でアスファルト舗装に取って代わられた(瀬戸利春撮影)。 都内のコンクリート平板舗装。大正から昭和の初めは、舗装道路の車道もこうした簡便なものが少なくなかった(瀬戸利春撮影)。 戦中に導入された簡易舗装による道路。本格的な舗装にくらべ低コストで、施工の手間も簡略化できることから道路舗装の普及に大きな役割を果たした(瀬戸利春撮影)。 日本初の高速道路である名神高速。尼崎~栗東間の開通はワトキンスの調査から9年後のことだった(画像:写真AC)。 大正時代の「道路改良のための30か年計画」で計画された神宮外苑の道路。完成は震災後で、改修はなされているがほぼ当時の姿をとどめている(瀬戸利春撮影)。 環七通り(手前から奥へ)と第二京浜が交わる東京の松原橋。1940年にできた日本初の自動車道路の立体交差(画像:Google earth)。 関連記事 1tの塩!? 首都高の雪対策、ガチすぎて言葉を失った件 (PR)首都高速道路 陸自の戦闘ヘリ「全廃」して大丈夫? 3月末にコブラ部隊が激変… 「ドローン万能論」と逆行する世界のリアル ロシア軍が「新型巡航ミサイル」を使用 ウクライナが残がい公開“制裁が機能していない”可能性も 16年ぶりの新型! 自衛艦「あかし」就役 280億円で武装ゼロでも“超重要” どこに配備? 「東京を代表する街路樹」の一部、“伐採”を完了 「倒木や枝折れの危険」18本 サクラの名所で春を前に この画像の記事を読む