鉄道写真家が「鉄道写真」を意識せず行った写真展 その結果

鉄道写真家 村上悠太さんの個展が終了。「鉄道写真」というカテゴライズをあえて意識しない、全写真を同じサイズにするなど、様々な工夫、そして思いを込めたそうです。鉄道写真に熱心な人にある意見が多かった、こともあったそうです。

この記事の目次

・新型コロナで写真展 どうなる…?
・ねばった「ギャラリートーク」 でもよかったかな
・ひとつのテーマだった「鉄道写真」というカテゴライズ 意識しない
・鉄道写真を熱心に撮影している方々が
・「圧」がない写真展
・写真展に「チラシ」ではなく「冊子」を用意した理由
・すべての写真を「同じ大きさ」にしたワケ
・よく出かける台湾で思った日本のこと
・なくなったライバル意識

【画像枚数】全7枚

新型コロナで写真展 どうなる…?

 キヤノンギャラリー銀座、大阪で開催してきた個展「つなぐ旅―その、日々へ―」が、おかげさまで無事に全日程終了することができました。ご来場いただきました皆様に深く御礼申し上げます。

 今回の個展ですが、正直言って、僕が想定していた以上に大成功に終わったというのが素直な気持ちです。新型コロナウイルスの影響があるなか、そもそもギャラリーへご来場いただけるのか、ご来場いただいても込めた思いが伝わるのか、多くの不安を元にスタートした個展ですが、全て終わったいま、コロナの影響で入場者数が少なかったという実感は全くありませんでした。

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キヤノンギャラリー大阪はオフィス街にあるので、昼休みの時間帯に多くの来場があった(村上悠太撮影)。

 なかには「最近なにしてるかなと思って名前を検索したら個展やってたからきたよ!」という卒業以来初めて会った高校の同級生、以前に撮影地でお会いした方など、嬉しい再会にも恵まれました。

ねばった「ギャラリートーク」 でもよかったかな

 写真展に合わせてよく開催される出展者によるギャラリートークの実施が、今回はコロナの影響で設定できなかったのですが、これについては「やらなくてもよかったかな」という気がしています。

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銀座と壁の構成が若干違う大阪の会場。見え方が変わるので、点数と順番は銀座のままで段組を調整した(村上悠太撮影)。

 ギャラリートークについてはギリギリまでやる手段がないか、結構ねばっていたのですが、毎日在廊を続けていくと、ご質問やご指摘、ご感想などたくさんいただき、交流もできましたし、ギャラリートークを設定するとその時間はギャラリーをイベントスペースとして使ってしまうので、作品をご覧いただけなくなってしまったり、ご来場される方が偏ってしまい、写真をご覧いただきづらくなったり、という弊害も発生します。

 なにより今回は写真とキャプションをまとめた冊子を制作したので、これ以上なにかで「伝える」のはやりすぎかなというのも感じましたので、結果的にはギャラリートークをしなくてよかったと思っています。

ひとつのテーマだった「鉄道写真」というカテゴライズ 意識しない

 この個展では、いわゆる「鉄道写真」というカテゴライズを意識しないということを、ひとつテーマにしていました。

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「つなぐ旅-その、日々へ-」より(村上悠太撮影)。

 かねてから非常に気になっていたのが、鉄道の写真を撮影されている方のなかには、プロとして活動されている方も含めて「鉄道写真」か「否」か、という点に非常にこだわっている方が少なくないということでした。

 僕は飛行機も好きですし、クルマで撮影に行くことも多いです。そのことを話すと「鉄道写真を撮っているのに飛行機orクルマなのか」と指摘されることがあると以前もこちらのページでも書かせていただいたのですが、ここでも「鉄道写真」という単語にある種の閉塞感を感じていました。

 鉄道写真だからああだ、こうだと言われて続けてきたなかで、僕はそもそもとして「鉄道写真」というものを撮っているのではなく、あくまでも「写真」を撮っているのであって、そのなかでモチーフとして鉄道を撮影している、というスタンスなのです。

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Writer: 村上悠太(鉄道写真家)

1987年生まれでJRと同い年、鉄道発祥の地新橋生まれの鉄道写真家。車両はもちろん、鉄道に関わる様々な世界にレンズを向ける。元々乗り鉄なので、車でロケに出かけても時間ができれば車をおいてカメラといっしょに列車旅を楽しんでいる。日本鉄道写真作家協会会員、キヤノンEOS学園講師。

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