これぞ監督の特権!?『ルパン三世 カリオストロの城』にシトロエン登場したワケ「大人の事情」も関係
宮崎 駿さん初の長編監督作品である『ルパン三世 カリオストロの城』。劇場シリーズ第2作目である本映画の前半の見どころはルパン・クラリス・悪漢によるカーチェイスです。なぜクラリスのクルマはシトロエン「2CV」だったのでしょうか。
シトロエン「2CV」どんなクルマ?
そもそも、シトロエン「2CV」が誕生する端緒は第2次世界大戦前の1935年までさかのぼります。当時シトロエンの社長を務めていたピエール・ブーランジェがバカンスで南フランスの農村を訪れた際、農民たちの移動・運搬手段が19世紀から変わりなく馬車や手押し車のままなのに気付き、衝撃を受けました。

そこで休暇から戻った彼は、アンドレ・ルフェーブルらシトロエンの技術陣に対して、農民でも購入できる廉価な小型車の開発を命じます。その際にピエール・ブーランジェが出した要望は下記のとおりでした。
1、50kgのジャガイモを載せて走れること
2、速度60km/hで走れること
3、3リッターのガソリンで100km以上走れること
4、カゴいっぱいの生卵を載せて荒れた農道を走っても、ひとつの卵も割ることなく走れる乗り心地の良さ
5、車両重量300kg以下
6、クルマに詳しくない女性でも簡単に運転できること
7、以上の条件を満たしていればスタイルは重視しない
これらは当時の技術レベルでは難しい要求でしたが、ルフェーブルは当時としては革新的なFF(フロントエンジン、フロント駆動)レイアウトに軽量設計のボディ、経済的な空冷2気筒水平対向エンジン搭載などの新機軸を採用したことで、その多くを実現させます。
しかし、試作車のテストが終了し、量産体制に入ったばかりのタイミングで第2次世界大戦が勃発。この影響で新型車の開発計画は凍結され、デビューは終戦後の1948年までずらされました。
その独特なスタイルから登場当初は嘲笑の対象となった「2CV」でしたが、設計が優秀だったことで程なくヒット作となり、改良を受けながら1990年までモデルチェンジされることなく生産が続けられました。
宮﨑さんは、小型飛行機にも似た「2CV」の軽量で合理的な設計をいたく気に入ったようで、1967年に最初の愛車として「2CV」を購入してから、2022年に高齢のため免許を返納するまで数台の同車を乗り継いでいます。
コメント