川崎や岡山の“デルタ線”現存なら便利だった? 転車台は今なお活用も 減りゆく鉄道の「方向転換設備」 読み込み中... 山陰本線(嵯峨野線)の梅小路京都西駅(右)と、レストランとして活用される高架廃線跡(左)。かつてこの付近ではデルタ線が形成されていた(柴田東吾撮影) 過去の業務用路線図で記された京都付近のデルタ線。1967(昭和42)年国鉄貨物営業局発行の鉄道線路図より(柴田東吾所蔵) 過去の業務用路線図から。かつては川崎と浜川崎方面を直接結ぶ線路があり、川崎・尻手・浜川崎(実際には八丁畷付近)でデルタ線が形成されていた(柴田東吾所蔵) 京葉線二俣新町駅のホームから見たデルタ線。左側の線路は東京方面、右側の線路は蘇我方面に向かう(柴田東吾撮影) 京都鉄道博物館にある扇形車庫の転車台(柴田東吾撮影) 関連記事 「直せない」を終わらせる! 愛車を守るレッドバロンの舞台裏 (PR)RED BARON 「西武野田線」が実現していたら…? “大宮の壁”突破構想はなぜ消えたのか 幻に消えた「大環状線」計画 日本を守る最新レーダー「SPY-7」 その実力をロッキード・マーティンに聞いた (PR)lockheedmartin なぜ西武と東武は「離れた路線を取り込んだ」のか? 離れ小島と“あえて”くっついた当時の狙いと事情 あの巨摩郡の愛車が令和に復活!? ライダー必見のエモ動画も (PR)バイク王 この画像の記事を読む