川崎や岡山の“デルタ線”現存なら便利だった? 転車台は今なお活用も 減りゆく鉄道の「方向転換設備」 読み込み中... 山陰本線(嵯峨野線)の梅小路京都西駅(右)と、レストランとして活用される高架廃線跡(左)。かつてこの付近ではデルタ線が形成されていた(柴田東吾撮影) 過去の業務用路線図で記された京都付近のデルタ線。1967(昭和42)年国鉄貨物営業局発行の鉄道線路図より(柴田東吾所蔵) 過去の業務用路線図から。かつては川崎と浜川崎方面を直接結ぶ線路があり、川崎・尻手・浜川崎(実際には八丁畷付近)でデルタ線が形成されていた(柴田東吾所蔵) 京葉線二俣新町駅のホームから見たデルタ線。左側の線路は東京方面、右側の線路は蘇我方面に向かう(柴田東吾撮影) 京都鉄道博物館にある扇形車庫の転車台(柴田東吾撮影) 関連記事 肩の力を抜いてフルバンク! RS12がライダーを次の次元へ (PR)BRIDGESTONE 名鉄広見線ついに存続断念へ「年間3.4億は無理…」現地で乗ってわかった「廃止やむなし」の切実な事情 「乗りものニュース」読者アンケート回答受付中!あなたの声でサービスが変わる! 「0番線」は幻だった? 準備万端の綾瀬駅で5年間使われなかったワケ 三浦桃香プロとまわれるかも!?ゴルフコンペ参加者募集中! (PR)CURUCURU x ゴルフのニュース この画像の記事を読む