【懐かしの私鉄写真】伊豆急行の「スコールカー」乗車体験

伊豆急行では2100系電車を使用した団体臨時列車「THE ROYAL EXPRESS」が運転されていますが、かつては普通列車にサシ190形の「スコールカー」が連結されていました。当時、私鉄唯一の食堂車だった「スコールカー」。その撮影記録をご覧いただきます。

この記事の目次

・「スコールカー」との出会いは大学1年の夏
・タダで座るわけにもいかず…
・伊豆高原では到着したばかりの東急7000系も

【画像枚数】全15枚

「スコールカー」との出会いは大学1年の夏

 大学1年の夏休みとなった1964(昭和39)年7月、クラブの合宿で伊東市街の寺に泊まりました。昼過ぎに到着した1日目は夕方まで自由時間になったので、伊豆急の車両を見ようと伊東駅に向かいます。駅で時刻表を確認すると、次の伊豆急下田行きが「スコールカー」を連結した列車なので、伊豆高原までのキップを買ってホームに入ります。

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開業時に5連だった伊東線乗り入れ列車は7連になっていたが、それでもかなり混雑していた(1964年7月、楠居利彦撮影)。

「スコールカー」(サシ190形)は6両編成の下田寄りから2両目に連結されていました。1963(昭和38)年4月の新製ですが自社発注ではなく、サントリーから寄贈されたものです。サントリーはこの年にサントリービールの発売を開始、同時に社名も壽屋(ことぶきや)からサントリーに変更していますから、「スコールカー」は走る広告塔という役目を持つことになります。そのため車内で扱う飲料はサントリーの製品を優先販売することが条件になっていました。

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同じ編成の後追いで、こちら側には快速の種別表示がない。下田寄りの4両が全室のサロを含む基本編成、熱海寄りの3両が付属編成となる(1964年7月、楠居利彦撮影)。
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国鉄の普通列車はサロ1両を含む湘南色の111系7連だった。前面に伊豆急と同じ方向板を掲げ、車掌側には快速の表示も確認できる(1964年7月、楠居利彦撮影)。

タダで座るわけにもいかず…

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「スコールカー」、サシ191の車内。調理室との仕切りには、当時のイメージキャラクターだったアンクルトリスが描かれている。奥の海側(画面右)には立ち席のカウンターがある(1964年7月、楠居利彦撮影)。

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Writer: 楠居利彦(鉄道ライター)

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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