【懐かしの私鉄写真】初めて見て乗った 関西の鉄道 第1回

はじめて関西の鉄道に接する機会は、半世紀以上前に鉄道友の会関西支部が主催した「関西の鉄道を巡る2日間バスツアー」に参加したときでした。ツアー参加前日には京阪電鉄京津線を撮影。ツアーでは南海や近鉄、阪急などを撮影しました。

この記事の目次

・初の関西訪問は中学の修学旅行だったが実質的にはその4年後
・最初の出会いは京津線の「ポールカー」

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初の関西訪問は中学の修学旅行だったが実質的にはその4年後

 私が初めて関西を訪れたのは1960(昭和35)年の6月のこと。中学校の修学旅行なので自由行動の時間は限られ、鉄道に接したのは泊まった旅館の近くの京阪電鉄と京都市電だけでした。

 その4年後で大学生になった1964(昭和39)年の夏、鉄道友の会関西支部が主催した「関西の鉄道を巡る2日間バスツアー」に参加したのが、実質的に関西の鉄道に接する最初の体験となります。

最初の出会いは京津線の「ポールカー」

 バスツアーは8月1・2日の2日間で、まず7月30日に東京を22時頃に出る大阪行きの普通列車(143列車だったと思う)に乗車し、翌31日の午前10時頃、京都に到着。乗った客車はスハ32、牽引機はEF61でした。そこから浜大津に行って京津線の「ポールカー」を撮影し、その日は阪神電鉄の武庫川に近い親戚の家に泊めてもらいました。

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京阪電鉄四条を発車した宇治行きの2000系。まともなカメラで関西の鉄道を撮影した最初のカットとなる(1964年7月31日、楠居利彦撮影)。

 ツアーは、まだその頃は珍しかった高速仕様のバス2台に分乗。1日目は交通科学館~南海電鉄天下茶屋工場~近鉄高安工場~同八戸ノ里車庫~新幹線鳥飼基地~宝塚電車館というコースで、宿泊は有馬温泉でした。今回は近鉄八戸ノ里車庫までの写真をご覧ください。

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浜大津(現在のびわ湖浜大津)の交差点を渡る坂本行きの200形203号車。前面5枚窓のアメリカンスタイルは、戦前の阪神電鉄、近鉄などにも類型があった(1964年7月31日、楠居利彦撮影)。
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車体が短い30形は2両固定編成になっていた。母線が屋根上に渡されているのが珍しい(1964年7月31日、楠居利彦撮影)。
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京阪三条発、石山寺行きの急行が到着。260形は2連で主に急行に使用され、赤と黄色の特急色だった。浜大津は乗り場が2箇所あり、この列車は画面右の行き止まりホームに到着後、スイッチバックして石山寺(画面左方向)に向かう(1964年7月31日、楠居利彦撮影)。

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Writer: 楠居利彦(鉄道ライター)

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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