悩ましい「人が落ちる地下鉄」問題 120年越しの“車両冷房”導入で事故急増の懸念!? なぜなのか
毎週ひとりホームから落っこちてます!?
もともと、ロンドンの地下鉄はホームと車両の間の隙間が広いことで悪名が高く、注意喚起を促す構内アナウンスの「Mind the Gap!(隙間注意!)」がロンドン地下鉄の代名詞ともなっているほど。隙間への転落事故は後を絶たない状況です。
地下鉄を運営するロンドン交通局の発表資料によると、1997年にピカデリー線のホルボーン駅で、9才の男の子が電車に引きずられながらホームとの隙間に落ちて亡くなっています。洋服の一部がドアに挟まったのが直接の原因ですが、ただホームを引きずられただけなら死亡事故にまでは至らなかったのではないでしょうか。
隙間が広い原因は、ロンドン地下鉄のほとんどの駅でホームがカーブしていることにあります。弧を描くホームと箱型の車体の形状が沿わないため、隙間が大きくなるのです。加えて、カーブで停車すると車体が傾き、ホームとの距離だけでなく段差も大きくなる弊害があります。
ロンドン地下鉄では過去にも、車両を更新したところホームとの隙間がさらに広がってしまって、転落事故が約3倍に増えたこともあります。ホームの端に点滅する青いライトを設置するなど防止策に力を入れていますが、最も隙間が大きくなってしまったベーカー・ストリート駅では、転落事故は2019年だけで54件もありました。つまり、毎週ひとり誰かが落ちている計算です。
いっぽうロンドン交通局は、事故増加の原因のひとつとして、スマホを見ながらの「ながら乗降」が増えたことも主張しています。とはいえ、日本でも2020年にJR中央・総武線の飯田橋駅で急カーブ由来の隙間を解消するホームの移設工事が行われましたが、同駅の移設前(2019年度)の転落事故件数はたった12件だったそうです。その4倍以上の転落事故が発生しているベーカー・ストリート駅の深刻さがうかがえます。
念願の「涼しい地下鉄」の裏で懸念される隙間問題。新型車両にすべて置き換わるまでの間だけと割り切っているのかも知れませんが、果たして大丈夫なのでしょうか。ロンドン交通局と連絡を取ったところ、ホームの隙間に関する質問だと察知したとたん、返事は途絶えました。ともあれ新型車両のお披露目が待たれます。
【了】
Writer: 赤川薫(アーティスト・鉄道ジャーナリスト)
アーティストとして米CNN、英The Guardian、独Deutsche Welle、英BBC Radioなどで紹介・掲載される一方、鉄道ジャーナリストとして日本のみならず英国の鉄道雑誌にも執筆。欧州各国、特に英国の鉄道界に広い人脈を持つ。慶応義塾大学文学部卒業後、ロンドン大学SOAS修士号。
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