「憂鬱でしょうがない」福祉タクシーでの突然の通院 寝たきり老人を老人が押して歩く現実 何かおかしくないか?
ストレッチャーに載せた夫を自ら押し歩く妻
福祉タクシーという呼称から福祉的な側面が強いと思われがちですが、その事業は一般旅客を利用者とするタクシー事業の福祉限定バージョン。施策は国土交通省が担います。物流・自動車局旅客課は、その達成目標を次のように説明します。
「福祉タクシーの整備状況は2022年末で4万5311台。徐々に増えてきていますが、2025年までに9万台という目標までには道半ばです」
整備された約4万台のうち約3万3000台は車椅子などを収容するUD(ユニバーサルデザイン)タクシーです。
「予約ができなかったという寝台車はその中でも数が少ない。突発的な事情でも予約がとれないことがあるかもしれません」(旅客課)と、対応が十分できない状況を認めます。
福祉タクシーは身体障害、要介護などの認定を受けた人が、完全予約制で利用することが決められています。そのため事業者は定期的な移送について計画的に配車を行うことで収益性を高めている側面があると言います。
予定されない配車要請には「十分こたえることができにくい状態にある」と、ある福祉タクシー事業者いいます。要介護者の移動は、家族が支えるしかない状況ですが、それもままならない現実があります。
寝たきりの要介護者の移動は、民間救急という手段もあります。緊急を要しない消防救急の対象外の人の移動を助ける事業です。
「民間救急は病院の入院調整などで行われる側面が強いのですが、うまく搬送できる仕組みづくりを消防庁が主催する会議体で話し合っていて、国土交通省もオブザーバーとして参加しています」(前同)
前述の男性は、骨折はなく、痛風により腫れているのではないか、という診断を受けました。女性は往復1万2000円のタクシー代と福祉タクシーが所有するストレッチャーの賃料2000円、合計1万4000円を通院のために負担しました(※運賃は距離により変わる)。ただ、移動費を負担してもなお解決されない問題があります。
福祉タクシーは、送迎と自力で動けない人の乗降の介助をします。寝たきりの人の運送は、ストレッチャーの乗降までが仕事ですが、救急車とは違い診療室までは運んでもらえません。女性が訪れた大学病院は、日本でも屈指の規模を誇ります。病院側も院内の移動は「基本的に付き添いの方でお願いしている」と、話します。
「夫は寝たきりだからストレッチャーを使うのだけど、施設の人がやってくれるのはクルマに乗せるまで。介護タクシーの運転手さんも夫を降ろしてはくれるけど、玄関から広い病院の中をストレッチャーを押して歩くのは私。私も手術をしたのでその大学病院は何度も行っているけど整形外科は初めてなので、場所を電話で聞いて、押して歩くしかなかった」
家族がストレッチャーを扱えない場合は、運転者へ事前に依頼することも福祉タクシー事業者によっては可能ですが、この移動は運転とは別のヘルパー資格が必要です。多くは別のヘルパーを雇うことになります。いずれにしても予定されないイレギュラーな通院は家族がやるほかありません。
女性はこう話します。「老々介護の人はどうしているんだろう。本当に憂鬱で仕方がない」
衰えと病気に予約はありません。福祉タクシーの普及台数だけでは計れない課題が、現場に残されています。健康な人の移動をライドシェアで解決するより切実な問題、ワンストップで解決することはできないものでしょうか。
【了】
Writer: 中島みなみ(記者)
1963年生まれ。愛知県出身。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者を経て独立。行政からみた規制や交通問題を中心に執筆。著書に『実録 衝撃DVD!交通事故の瞬間―生死をわける“一瞬”』など。
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