【日本の高速鉄道 その誕生と歴史】第9回「世界銀行借款」

東海道新幹線開業50年を目前とした今、乗りものニュースではどのようにして新幹線が計画され、開業に至ったのかを振り返ります。第9回は「世界銀行借款」です。

資金調達の難しさ

 東海道に広軌幹線が建設されることは決まりましたが、次に問題となるのはやはりそのための資金調達です。昭和33年(1958年)の答申では、新規路線の建設に、概ね1948億円(利子込み)の工事費がかかると記されていました。しかし、本当ならば3000億円を超える予算が必要、との見積が出てきており、この答申に1948億円と記したことには十河の思惑がありました。

 当時の国鉄は単年度予算であり、毎年国会で審議され、その承認を経てはじめて予算の執行が可能になる形をとっていました。新幹線のような巨大プロジェクトは、この予算体系には極めて不都合で、一度に多額の予算を計上しようとすると国会の審議を通すのが難しくなることから、十河は敢えて金額を圧縮して、答申に載せたのです。

十河の、特に政界への人脈は、新幹線の計画に新たなアイデアを与えました。昭和34年(1959年)、当時の岸信介内閣で大蔵大臣を務めていた佐藤栄作から、十河は次のような提案を受けました。

「長い期間にわたる新幹線のような事業は、一内閣の期間内では完成しない。内閣が替われば方針の変化があるかも知れないから、世界銀行から借款を受けて、事業を外から縛れば良い」

 世界銀行から借款を受けるためには、内閣が替わろうとも新幹線を完成させる義務が生じる、というところを突いたのです。

 日本政府は世界銀行に新幹線建設のため1億ドルの借款を申し入れました。世界銀行の調査団が調査した結果、昭和36年(1961年)に8000万ドルの融資を受けることが決まり、新幹線は世界的にも認められた、国家的なプロジェクトとなりました。

 また東海道新幹線には当初、貨物列車を走らせる計画もありました。昼間は旅客を運び、深夜の時間帯に貨物輸送を行うというものです。結果的に実現はしませんでしたが、大阪府にある東海道新幹線の鳥飼車両基地近くには、貨物新幹線用に建設された構造物が残っています。

 

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鳥飼車両基地近くにある貨物新幹線計画の遺構。新幹線の本線から貨物ターミナルへ線路を分岐、立体交差させるために設けられた。

 ただこれは、新幹線は貨物輸送も行うというポーズだったとも言われています。昭和30年代当時、世界銀行のあるアメリカでは鉄道旅客輸送の斜陽化が叫ばれていたため、旅客輸送のみでは借款を受けられない可能性があったからです。

【第10回:鴨宮モデル線区に続く】

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