【乗りもの豆知識】池袋駅が、新宿駅や渋谷駅より「若い」のはなぜ?

1日に55万人が利用するJR池袋駅ですが、設置されたのは、新宿駅や渋谷駅より後のことでした。その背景はどのようなものでしょうか。

新宿や渋谷の18年後に設置

 JR山手線の池袋駅。1日におよそ55万人が利用し、若者の活気であふれるターミナル駅ですが、設置されたのは、新宿駅や渋谷駅よりずっと後だったことをご存じでしょうか。

 山手線の歴史は、1885(明治18)年に、当時開業していた新橋駅から南に延びる官営の鉄道と、上野駅から北に延びる私鉄の日本鉄道とを接続する目的で、品川から渋谷、新宿を経由して赤羽に至る路線が開通したことに始まります。

 この品川~赤羽ルートの開業時に設けられた駅は、渋谷、新宿、板橋の3駅のみ。鉄道の歴史に詳しい大東文化大学の今城光英副学長によると、池袋は当時繁栄していた中山道の宿場町から遠かったことなどが理由で、駅が置かれなかったそうです。確かに、明治初期の地図で「池袋村」を見ると民家は少なく、「畑」という文字が目立ちます。

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明治初期(1880年代)に簡便な測量法により作られた迅速測図。「池袋村」には「畑」の文字が多い(画像出典:農研機構・農業環境変動研究センター)。

 池袋駅が設置されるのは、それから18年後の1903(明治36)年。品川~赤羽ルートから分岐して田端に至るルートが開業する際に、その分岐駅として置かれたのです。

 ちなみに山手線は、1910(明治43)年に烏森(現在の新橋)~呉服橋(東京駅付近)間が、1919(大正8)年に東京~神田間が、1925(大正14)年に神田~上野間が開業し、品川~赤羽ルートの開通から40年の歳月をかけて、現在の形になっています。

【了】

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