【廃線跡の思い出】越後交通栃尾線 歩きやすさと引き換えに失われたモノ

「廃線跡散策」という鉄道趣味の一ジャンルにのめり込んだ鉄道ライターが、そのきっかけとなった越後交通栃尾線の思い出を語る4回目です。

サイクリングロードに生まれ変わった跡地

 鉄道が廃止される理由として最も多いのが「輸送量の少なさ」。廃止された鉄道路線の多くは人口が少ない地方にあり、線路も大半が単線でした。それは1973(昭和48)年から1975(昭和50)年にかけて廃止された、越後交通栃尾線も例外ではありません。

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栃尾線の上見附~栃尾間は一部がサイクリングロードに生まれ変わった(1985年8月、草町義和撮影)。

 単線の廃線跡は再活用が困難な代物です。細長く伸びているため、建物を建設するにも、2車線の道路を建設するにも、幅が足りないのです。周辺の土地も買収して2車線道路や住宅地などを整備すれば、相当な費用がかかります。結局のところ、そのまま生活道路として使うか、遊歩道やサイクリングロードを整備するくらいしか使い道がないのです。

 1985(昭和60)年8月16日、早朝から正午にかけて栃尾線の長岡駅跡から上見附駅後まで歩き、午後は最後に残った上見附~栃尾間を歩きました。この区間は1973(昭和48)年の廃止後、かなり早い段階で再整備されていたようで、途中の上北谷駅まではサイクリングロードに生まれ変わっていました。

 サイクリングロードは歩きやすくて良かったのですが、長岡~上見附間と異なり、駅舎などの鉄道施設の遺構は見当たらず。「遺跡発見」の感覚を味わうことができず、ちょっと残念な気分になりました。

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サイクリングロードは歩きやすいが駅舎などの遺構が見当たらない(1985年8月、草町義和撮影)。

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Writer:

鉄道誌の編集やウェブサイト制作業を経て鉄道ライターに。2020年から鉄道ニュースサイト『鉄道プレスネット』所属記者。おもな研究分野は廃線や未成線、鉄道新線の建設や路線計画。鉄道誌『鉄道ジャーナル』(成美堂出版)などに寄稿。おもな著書に『鉄道計画は変わる。』(交通新聞社)など。

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