【懐かしの国鉄写真】マイカーと一緒に列車で旅することができた「カートレイン」

国鉄末期、マイカーを積んだ貨車を連結し、ドライバーと同乗者は寝台車で移動する「カートレイン」が登場。長距離ドライブすることなく移動できる便利な列車でしたが、高速道路網の充実などにより、次第に姿を消していきました。

余剰となっていた車両を有効活用

 昭和の末期、まだ高速道路は全国をカバーできておらず、東京から九州や北海道までを自家用車で走り抜くのはかなりの時間と労力が必要でした。そこで国鉄が登場させたのが、旅客とその自家用車を同時に運ぶ列車「カートレイン」でした。これなら寝ているうちに九州や北海道に着き、翌日は現地でドライブを楽しむことができます。

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汐留に向かう「カートレイン」。EF65 1094の次にナロネ21形を3両連結。その次にカヤ21形、自動車を積載するワキ10000形7両が連なる(1986年、楠居利彦撮影)。

 日本で初めての「カートレイン」は、1985(昭和60)年7月27日に汐留~東小倉間で運転を開始しました。汐留駅(東京都港区)、東小倉駅(福岡県北九州市)とも旅客営業を行っていない駅ですが、旅客の乗り降りと車(旅客の自家用車を指す、以下同じ)の積み込みや積み卸しが同時にでき、なるべく大都市の中心部に近い場所という条件から、この2駅が選ばれたものと考えられます。

 車両は旅客用に20系寝台客車のA寝台車であるナロネ21形、車積載用に高速貨車のワキ10000形が使用されました。どちらも輸送需要の変化で余剰となっていた車両を活用したもので、ナロネ21形はほぼそのまま、ワキ10000形は車を固定するパレットを1両あたり3個積めるような改造が行われました。

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ナロネ21形側面の表示。恵比寿と東小倉の字幕は印刷された紙片を挟んでいるように見える(1987年1月、楠居利彦撮影)。

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Writer: 楠居利彦(鉄道ライター)

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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