【懐かしの国鉄写真】昭和40年夏、均一周遊券を使っての東北旅行(前編)

大学2年生の夏休みに東北地方を旅行しました。当然学生なので、学割で東北均一周遊券を購入。1週間ほどを費やしてほぼ一回りしてきました。今回はその東北旅行を前編として、当時の写真とともにご覧いただきます。

仙台、盛岡、青森そして再び仙台から山形へ

 大学の2年生だった1965(昭和40)年の夏休みに、1週間ほどで東北地方を概ね一回りしました。当時は日本全国をブロックごとに分けた均一周遊券があり、磐越東線~磐越西線以北が乗り降り自由の東北均一周遊券は学割で3600円でした。

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東北均一周遊券のB券。途中下車印は押さない駅もあり、実際はもっと多くの駅に乗り降りしている。均一周遊券は記名式だった(楠居利彦所蔵)。

 宿は、学生の身分でホテルなどは使えず(ビジネスホテルもまだ普及していなかった)、二戸出身の同級生がいたので、彼の実家に泊めてもらいました。そこから日帰りで行ける範囲は限られるので、2~3日のコースになると夜行列車がホテル代わりです。

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東北均一周遊券の表紙(楠居利彦所蔵)。

 東京発は8月9日、まずは上野を午前8時少し前に出る453系の急行「まつしま」に乗りました。その20分くらい前に常磐線経由の盛岡行き急行「陸中」が出ますが、仙台には「まつしま」が先着となり、ここで「陸中」に乗継ぎます。わざわざ面倒なことをしたのは、デビューして間もない453系に乗りたかったからです。

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この頃は仙台が電化と非電化の境目だった。左は乗ってきた急行「まつしま」で、すぐに折返して上野行きになる。右はC61 26が牽く下り普通列車。これには乗らず、上野を先発した急行「陸中」の到着を待つ(1965年8月9日、楠居利彦撮影)。

 盛岡からは蒸機牽引の普通列車で、夕方に二戸(当時の駅名は北福岡)に到着。翌日から巡ったのは花巻電鉄、松尾鉱山鉄道、仙山線、花輪線、福島交通など。小繋と二戸では蒸機も撮りました。1日だけ鉄道と離れて十和田湖に行っています。

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Writer: 楠居利彦(鉄道ライター)

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

 
    
 
    

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