重巡洋艦の記事一覧
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2度あることは… 3度の大破を生き抜いた旧海軍の幸運艦 ミュージカル上演は所縁の地で
『この世界の片隅に』のミュージカルが上演された広島県呉市。作中には重巡洋艦「青葉」が登場しますが、「青葉」はまさに呉に縁がある軍艦です。外洋で損傷するたび呉に帰り着き、最期もここで迎えました。
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「見た目ほぼ戦艦ですよね?」 条約無視でどんどんデカくなった“重巡洋艦” ほら、やっぱり戦艦に間違われた
第一次世界大戦の敗戦で、軍備が制限されたドイツ海軍は、英独海軍協定締結後に再軍備を推進。こうして建造された軍艦のひとつが、ドイツ唯一の重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」級でした。
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「世界最強の重巡洋艦」どうしたら倒せる? デカい・速い・厚い・重武装! ただ残念な時期に登場?
「最強の戦艦」は議論が分かれますが、「最強の重巡洋艦」はまず議論が分かれません。それはアメリカのデモイン級重巡洋艦です。そして史上最後の重巡でもありました。
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著名な戦い全参加 重巡洋艦「妙高」竣工-1929.7.31 大戦生き延びるも最後は異国で処分
旧日本海軍の重巡洋艦「妙高」が1929年の今日、竣工しました。軍縮条約の制限ギリギリで建造を試みますが、連装主砲5基、魚雷発射管4基搭載などでふたを開ければ1万トン超え。就役後は数々の激戦に参加しています。
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誕生の経緯は条約逃れ 旧海軍巡洋艦「最上」竣工-1935.7.28 事故契機に偵察機マシマシへ
旧日本海軍の重巡洋艦「最上」が1935年の今日、竣工しました。ただし対外的には最後まで「軽巡洋艦」。太平洋戦争中には水上機用甲板を設置し航空巡洋艦にも改造されますが、生涯を通じて事故に縁があった艦でした。
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兵装てんこ盛り… 重巡洋艦「摩耶」竣工-1932.6.30 後に主砲撤去し“防空”巡洋艦へ
旧日本海軍の重巡洋艦「摩耶」が1932年の今日、竣工しました。太平洋戦争の初戦は、南方と北方の両方で作戦を支援し善戦。中盤、空襲で大破すると、以降は対航空機を意識し、主砲を撤去してまで高角砲や対空機銃を増強しました。
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隠れ重巡、のちに航空巡洋艦へ 1934.3.14「最上」進水 没後75年に海底で発見
旧日本海軍の重巡洋艦「最上」が1934年の今日、進水しました。ただし対外的には「軽巡洋艦」。決して大きくない船体には、主砲などがいくつも搭載されました。後に航空巡洋艦となりますが、不運に見舞われた艦でもありました。
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ミッドウェー海戦大敗北は「利根四号機」の責か 重巡「利根」とその艦載偵察機の戦い
太平洋戦争のターニングポイントとなったミッドウェー海戦、その勝敗を分けたのは、1機の偵察機かもしれません。永らく大敗北の一因と語られてきた1機の偵察機と、その所属艦である重巡洋艦「利根」の航跡を追います。
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【重巡 高雄】魚雷でも沈まず! 超タフな旧海軍艦の波乱万丈な顛末!
旧日本海軍艦艇シリーズ、今回は世界を股に掛けた重巡洋艦「高雄」です! 何度も致命傷を受けた「高雄」は、それでも終戦まで生き延びた幸運艦でした。「重巡洋艦」の定義からその誕生経緯なども詳しく解説していきます!
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ツイてない! 旧海軍重巡「最上」はどんな艦? 台風、衝突、味方撃沈…その一部始終
古今東西どの国の海軍にも、いわゆる「強運艦」とされる艦艇が見られるものですが、一方で、どうにもツイていない艦艇もまた見られるものです。フィリピン近海の海底で発見された旧海軍の重巡洋艦「最上」は、どうやら後者のようでした。