戦争に駆り出された「海の軽トラ」機帆船とは 「南方から帰ってきた船は1隻もなかった」県も

戦前・戦後を通じて「海の軽トラ」的に使われた日本独特の小型貨物船「機帆船」。大洋では頼りない性能の小船が、戦時中は軍に徴傭され、苛酷な任務についていました。知られざる機帆船の戦いを振り返ってみましよう。

機帆船、戦場へ

 こうした沿岸航路向きの小型貨物船が軍に徴傭され始めたのは、1937(昭和12)年に日中戦争が始まってすぐのことでした。当時、動員のために大型貨物船36万総トンが徴傭されたのとは別に、約200隻の機帆船や漁船が徴傭されたのです(一部は陸軍で買い取り)。

 これら機帆船や漁船は、小型のものは大型船に搭載され、比較的大型のものは船団を組んで東シナ海を渡り、上海を中心とした華中戦域に送られ、陸軍の「中支那停泊場監部」の指示で各種軍需品に弾薬類や小部隊の輸送を行いました。

 機帆船の本格的な動員は1938(昭和13)年の漢口作戦からで、揚子江本流を遡航して南京・安慶・九江を経て漢口まで入っています。華中地域ではクリークや小河川が網の目のように流れ、機帆船のような小型船は補給に便利な存在でした。

 もっとも揚子江本流中央部の流速は早く、非力な機帆船は岸辺付近を航行するしかありませんでした。このため中国軍からの狙撃対策として土嚢を積んだり布団で船を囲んだりしました。それでも上流から流された浮遊機雷によって弾薬輸送中の機帆船が吹き飛ぶなどの被害がありました。

 日本軍は勝ち続けていたものの、「点と線しか支配していない」と称された中国での戦いにおいて、船舶輸送はトラックや鉄道などの陸路と同様に命がけだったのです。

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一般的な機帆船の側面図(樋口隆晴作図)。

 こうした補給任務は、1941(昭和16)年12月に太平洋戦争が始まると、よりいっそう危険度を増していきます。

 むろん当初は航洋性に劣る機帆船が外洋に出ることはありませんでしたが、1943(昭和18)年になるとソロモン諸島やニューギニアで大型船舶を相次ぎ喪失したことから、機帆船を徴傭し太平洋に投入するようになったのです。まともな無線設備もなく、あてにならないコンパスを頼りに、機帆船群は南へと向かったのでした。

 同年5月頃の陸軍南方軍配当の各種輸送船は計18万総トンでしたが、大本営陸軍部(参謀本部)はこれとは別に、2000隻の機帆船と漁船を南方軍へ増加しています。

【え…】これで太平洋へ? 戦争に駆り出された「機帆船」(写真)

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