「艦」と「船」どっちなの? ふたつの“肩書”を持つ「しらせ」のナゾ 南極調査員を乗せずに出港も!?
実は文部科学省が建造費を出している
ここで最初の問題に立ち戻ってみましょう。「しらせ」にはなぜ「南極観測船」と「砕氷艦」というふたつの名前があるのか。それは、「しらせ」が文部科学省国立極地研究所と防衛省海上自衛隊というふたつの省庁に跨って運用される船(艦)だったからです。
南極での観測や研究のために必要な「船」ということで建造費は文部科学省の予算から捻出されました。また、南極輸送に必要な機材・物資のほか、「しらせ」や輸送支援を行うヘリコプターの保守・整備等の費用も同省持ちです。
そして、乗船する観測員や研究員は文部科学省が所管している国立極地研究所から派遣されますが、航行は海上自衛隊が防衛省の「艦」として行うこととなっており、操舵に関わる乗組員は全て海上自衛官という形になっています。
そのため、文部科学省は「しらせ」を「南極観測船」と呼び、防衛省は「砕氷艦」と呼称しています。こうして、ふたつの名前をもった「しらせ」ですが、両省間の対立などの大きな問題もなく、毎年秋に日本を出港し、夏を迎えた南極でお正月をすごして、春にまた日本に戻ってくる、というルーティーンを繰り返しています。
「しらせ」の乗員である海上自衛隊の隊員は、秋、食料や機材をぎっしりと積み込んで「しらせ」と共に日本を離れますが、実はその時、南極観測隊の研究員たちはほとんど「しらせ」には乗っていないといいます。彼らは、飛行機でオーストラリア、フリーマントルまで飛び、そこで寄港する「しらせ」を待って乗艦し、南極へと向かうのです。
帰りも同様、南極を出発した「しらせ」は途中、フリーマントルで研究員たちを降ろし、彼らは一足先に帰国します。長旅を終えて戻ってきた「しらせ」には、実は海上自衛隊員しか乗っていなかったりします。
なお、海上自衛隊の人手不足や、日本周辺や南シナ海などでの情勢変化により、2019年4月に「しらせ」の運用から撤退が検討されていると報じられたこともありますが、現状では進展がないため、まだ自衛隊が運用する艦ではあるようです。
【了】
Writer: 凪破真名(歴史ライター・編集)
なぎはまな。歴史は古代から近現代まで広く深く。2019年現在はフリー編集者として、某雑誌の軍事部門で編集・ライティングの日々。趣味は自衛隊の基地・駐屯地めぐりとアナログゲーム。
軍用は「艦」、民間は「船」でしょう。