インフレ 国鉄の赤字 運賃で見る新幹線50年

政治に左右された新幹線の運賃・料金

 昭和40年代に入ると高度経済成長などに伴う物価の上昇と国鉄の赤字問題で、運賃・料金の値上げが頻発。特に昭和50年代は毎年のように値上げが行われました。

 まず1966(昭和41)年3月、運賃が1730円にアップして合計3330円に。その後も2回値上げされ、1975(昭和50)年11月には運賃2810円、特急料金2700円の合計5510円に上昇。つまり新幹線の運賃・料金は、最初の10年間で倍になりました。

 しかしそれでも、1975年の「1人あたり月間現金給与額」は177200円。5510円という新幹線の運賃・料金は、その3.1%にまで低下していました。つまりそれだけ当時、物価の上昇が激しかったというわけです。

 さてこのとき国鉄は、悪化する一方の経営収支に悩まされていました。しかも物価が上昇中です。ならば運賃と料金も、社会の経済状況に合わせてもっと値上げすれば良いと思うかもしれません。しかし当時、国鉄の運賃を決めていたのは国会です。そこではインフレを抑えるため、国鉄の運賃を安く抑えようとする動きがありました。

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「1人あたり月間現金給与額」と同じような形で上昇する東海道新幹線の運賃・料金(一部データ無し)。50%値上げした1976年頃は給与の増加が著しい。

 ですが結局それでは、続く物価上昇と国鉄の収支悪化に対応できません。そこで1976(昭和51)年11月、国鉄の運賃と料金が一気に50.4%も値上げされます。これにより新幹線の運賃は4300円、特急料金は4000円の合計8300円に。また同年の「1人あたり月間現金給与額」は200200円で、それに占める新幹線の運賃・料金の割合も4.1%に上がります。

 しかし物価上昇と国鉄の赤字は止まりません。そこで1977(昭和52)年、国会で議決しなくとも経費増加見込額の範囲内であれば運輸大臣の認可で値上げが可能になります。その結果、1978、1979、1980、1981、1982、1984、1985、1986年と毎年のように値上げが実施されました。ただ難しいのは、急激に値上げすると客離れを引き起こすこと。1979(昭和54)年度の新幹線乗客数は、最盛期から2割も減ってしまいます。

 そこで国鉄は「いい日旅立ち」といった旅行キャンペーンや、回数券の拡充といった企画商品の強化を行うなど、値上げと集客の両立に尽力。新幹線は少しずつ値上げをくり返しつつも、需要を回復していきます。

 1986(昭和61)年9月に行われた国鉄最後の値上げでは運賃が8100円、特急料金が5000円の合計13100円になりました。またこのときの「1人あたり月間現金給与額」は327000円で、それに占める新幹線の運賃・料金の割合は4%です。

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