予定より早く復旧させたJR東海 一方、5年間不通の路線も
1日の乗車人員が90人
2009年10月8日、台風18号の影響で三重県を走るJR東海の名松線(松阪~伊勢奥津)が被災。土砂流入や路盤流出などが約40ヶ所で発生し、家城~伊勢奥津間が不通になりました(当初は全区間が不通)。
この名松線の不通区間について、災害から5年過ぎた現在もまだ復旧されておらず、バスによる代行運転が続いています。なぜ復旧されないのでしょうか。
JR東海は当初、不通が続いているこの区間について復旧しない意向でした。そのまま鉄道の運行を終了し、運賃体系はそのままにバス輸送へ切り替える考えを示したのです。
その理由としてJR東海は「同区間を復旧しても再び同様の災害に襲われる可能性が高い」としています。不通になっている名松線の家城~伊勢奥津間は、雲出川の谷間をさかのぼる地勢が険しい区間です。
ただそのほかにも、考えられる理由があります。「同区間の乗客が非常に少ない」ことです。その周辺は過疎化が進んでおり、JR東海のデータによると不通になる前年、2008年度の名松線不通区間における乗車人員合計は1日わずか90人。1987年の乗車人員と比較し、約20年間で80%も減少していました。この名松線は都市間連絡特急や貨物列車のルートになっている、ということもありません。
宮崎県の高千穂鉄道や岩手県のJR東日本岩泉線など、ローカル線が被災した場合は需要と復旧費用を考慮した結果、それをきっかけとして廃線になることがしばしばあります。この名松線の場合も一部区間の廃止ですが、同様の方向性だったといえるでしょう。
しかし名松線は、廃止にはなりませんでした。
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