陸の孤島返上へ 動く外環ノ2計画

いわゆる外環道の東京区間でいま、様々な計画が動き出しています。「東京オリンピック」までの完成が目指されている、大深度地下を走る高速道路の外環道。そして地上を行く「外環ノ2」です。

オリンピックまでは無理?

 2015年12月25日、国土交通省関東地方整備局など関係各機関は、建設中の東京外かく環状道路(いわゆる外環道東京区間、東名JCT~大泉JCT)について事業連絡調整会議を行い、建設の進捗状況に関し具体的な内容を公開しました。

 それによると2015年11月末時点で、用地所得率は面積ベースで63%。3つのJCT部において本体工事に着手済み、となっています。

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東京都大田区と千葉県市川市を結ぶ、全長およそ85kmの東京外かく環状道路(画像出典:国土交通省関東地方整備局)。

 外環道東京区間は、用地補償の必要がない大深度地下トンネル方式(地下40メートル以深)によって建設が進んでいますが、地上に出るJCT周辺では用地買収の必要があり、また地下40メートルより浅いトンネル部も、区分地上権(地下を通る権利)を取得する必要があります。

 この外環道東京区間は、2020年の「東京オリンピック」までに開通することが目標です。そしてこれに間に合わせるためには、大泉JCT部の用地買収部については2016年度半ば、東名JCT部の用地買収部については2017年度半ば、すべての区分地上権部についても2017年度半ばまでの取得が必要と、公開された資料に記されています。

 しかし「2016年度半ば」といえば、あと半年ほどしかありません。大泉JCT部の用地取得率(面積ベース)は、用地買収が92%、区分地上権は36%です。これを残り半年および1年半でそれぞれ100%に持って行くのは、これまでの例から考えると到底不可能でしょう。

 また、工事そのものも例のない大深度かつ大断面の地下シールドトンネル掘削工事ですから、すべてが予定通りに進むには、神業以上の僥倖が必要と思われます。

 地元在住のいちドライバーとしては、目標通りの開通を熱望していますが、完成は、きわめて順調に行って10年後。2025年度あたりになるのではないでしょうか。

「外環ノ2」計画、実現なるか 練馬区の想い

 また外環道東京区間には、「外環ノ2」という名称の地上街路の計画もあります。

 外環道東京区間は、1966(昭和41)年の段階では高架高速の計画だったため、その両側に一般街路が計画されていました。その後、高速の計画が地下トンネルに変更されてからも都市計画上残ったのが「外環ノ2」です。「ノ」というカタカナが、計画の古めかしさを示唆しています。

 これについても2015年12月、東京都が注目すべき発表をしました。「東京における都市計画道路の整備方針(第4次事業化計画案)」のなかで「外環ノ2」について、次のような新たな位置付けを行ったのです。

・練馬区内(3.3km):優先整備路線
・杉並区・武蔵野市・三鷹市内(4.6km):計画検討路線

 練馬区内については、今後10年間で優先的に整備。それより南、東八道路までの区間は「計画検討路線」とされています。

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「優先整備路線」になった練馬区内(3.3km)の「外環ノ2」(画像出典:東京都都市整備局)。

 外環道東京区間の建設は、1971(昭和46)年の計画決定直後から強い反対運動が起き、建設凍結が続いていました。21世紀に入って、石原都知事(当時)が打ち出した地下化構想によって再始動し、2012(平成24)年にようやく着工へ至りましたが、地上を走る「外環ノ2」については、「高速が地下化された以上、廃止すべし」という意見が優勢です。

 が、練馬区だけはこの計画に非常に積極的で、外環道の地下化に合わせて、新たな計画が作成されたのです。

 練馬区は東京23区で最も道路整備が遅れ、長らく「陸の孤島」と呼ばれてきました。現場周辺も都市計画が存在しないまま宅地化され(いわゆるスプロール現象)、街路は狭隘です。南北を貫く幹線街路は環状8号線しかありません。防災上の観点からも、練馬区にとって「外環ノ2」は必要と判断されたのです。

 新たな計画によれば、幅員は22メートル。車道2車線(合計10.5m)に加えて自転車道、街路樹、歩道という設計で、西武新宿線の上石神井駅前には、現道を活用した細長いロータリー部もできます。完成すれば、近隣の住環境は大きく向上するでしょう。

「練馬区間については、都市計画変更も終えていますので、次の整備に向けて優先整備路線に入れました」(東京都都市整備局都市基盤部街路計画課)

 東京都は、ここを今後10年間で優先的に整備することになりますが、それは「10年以内に完成させる」ということではありません。こういった一般街路の完成には、非常に長い年月を要するのが一般的で、例えば環状8号線は、計画から全線完成まで79年かかったほどです。練馬区内の「外環ノ2」も、20年から30年といったゆったりした時の流れのなかで見守る必要があるでしょう。

対照的な杉並区と武蔵野市、三鷹市

 そうした練馬区の状況とは対照的に、外環道ルートの地上は青梅街道を南に越え杉並区へ入ると、環境がまったく変わります。そこは善福寺池周辺のよく整備された住宅地で、「いまさら幹線道路など冗談じゃない」という空気です。武蔵野・三鷹も、昔から反対運動がきわめて盛んな地域でした。

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「計画検討路線」とされている杉並区・武蔵野市・三鷹市内(4.6km)の「外環ノ2」(画像出典:東京都都市整備局)。

「『外環ノ2』の杉並・武蔵野・三鷹の区間は、都市計画としての必要性は確認できているものの、いまのままの計画内容(1966年のもの)では建設できないので、中身を検討していくということです。造ることもありますし、廃止もあります。地元との話し合いを通じて、都市計画として決めて行くことになります」(東京都都市整備局都市基盤部街路計画課)

 では東八道路より南、東名JCTまではどうなのでしょう。

「『外環ノ2』について、外環道(高速)と同様、大泉から東名までという誤解がありますが、東八道路より南側は、もともと幹線街路の都市計画はありません。側道のみ計画されていましたが、高速道路が地下に変更になり、必要ないということで廃止しています」(東京都都市整備局都市基盤部街路計画課)

 これについては私(清水草一)も、まさに「誤解」していました。地元住民でも、都市計画の詳細を知るのは、なかなかにハードルが高いのが実情です。

【了】

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Writer: 清水草一(首都高研究家)

1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。『そのフェラーリください!!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか!?』などの著作で、首都高研究家/交通ジャーナリストとして活動中。

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コメント

3件のコメント

  1. 外環ノ2について練馬区間は生活道路に性格を変えても大泉ICに着ける道ができる、というのはまあまあありがたいことではあります。

    ただ「練馬区は…現場周辺も都市計画が存在しないまま宅地化され…」の表現には異議あり。練馬区西部の外環ノ2と並行するだけでも補助135号(15m、大泉学園駅前で終わっている大きな地下道)とか、補助230号など他の区と同様に都市計画道路は、やたらと策定だけはされています。計画が存在しないのではなく、計画は役人が戦後間もなく地図上に縦横に描いたものの、いつどのように実現するか、予算のあてもないままに今まで何十年も過ぎてきた、のがスプロールを招いたということだと思います。(板橋に近い側は大分かたちが見えてきた気はしますが。)

    それから、「西武新宿線の上石神井駅前には、現道を活用した細長いロータリー部もできます。完成すれば、近隣の住環境は大きく向上するでしょう。」…これは疑問に思います。駅の南北にある、地元密着の商店街、夜は電車を降りた人を癒してくれる居酒屋達。地味だけど個人が頑張ってる商店街を見て歩く楽しみがなくなってしまいそうです。

  2. 環八の渋滞がこれ以上酷くなってもいいなら開通する必要はないでしょうけどね

  3. 練馬区をディスるこの記者は、「整備された」杉並区に居住しているのでしょうか?親しい友人に言わせると、「杉並区は小さい家が積み木みたいに細々と建ってるよ」と言ってましたけど。