かつては“3都県またぎの長大バス!?” 廃止される「都県境の峠越え路線」の盛衰 代替はどうなる? 神奈中

神奈川中央バスの「湖29」「八07」系統が廃止されます。都県境の峠を越えて東京と神奈川を結ぶこの路線バスに乗りました。

大垂水峠越えバスのルーツは?

 大垂水峠越えのバス路線のルーツを国立公文書館で調べました。過去の資料をたどると、1948(昭和23)年4月19日に与瀬(現在の相模湖駅)~大垂水峠間で運行を開始した臨時運行のバス路線が原形となるようです。この路線は大垂水峠で現在の京王バスと接続し、峠の東側を京王バスが、西側を現在の神奈中バスが運行していました。

 西側の神奈中バスの路線は、相模湖周辺にあった同社の休止路線を、大垂水峠発着で復活させたものです。約4か月後の8月15日には与瀬(相模湖)~上野原間の休止路線も復活させて、大垂水峠~与瀬(相模湖)~上野原間の路線として運行しています。

 さらに翌1949(昭和24)年には神奈中バスと京王バスが相互乗り入れを開始し、峠を越えながら横山駅~浅川(高尾)~大垂水峠~与瀬(相模湖)~上野原間を結ぶ長い路線に成長しました。横山駅は中央線の西八王子~高尾間にあったバス停で、現在の横山事務所前バス停付近にあたります。

 1949(昭和24)年には八王子駅まで延伸し、運転区間は八王子~浅川(高尾)~与瀬(相模湖)~上野原間となり、「上野原線」とも呼ばれていました。この延伸と合わせて相模湖~新宿間で季節運行の路線も設定され、京王バスのほかに神奈中バスも運行されたことがありました。

 後に上野原線は神奈中バスの単独運行となり、相模湖での路線の分割や、上野原方面の路線短縮・廃止、高尾山口駅での折返し便(現在の湖29)設定などを経て現在に至ります。

【廃止目前】これが「峠越え路線バス」の車窓です(写真)

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