【動画】「赤い丸ノ内線」500形 アルゼンチンからの「復活」最終段階 新木場から再び中野へ

アルゼンチンから帰国した元・丸ノ内線の赤い電車500形。新木場CRで入念に整備された車体が、深夜の道路を中野車両基地へ移動。その「復活」が、いよいよ最終段階を迎えました。

きれいになった「赤い丸ノ内線」

アルゼンチンから横浜、中野、新木場、そして中野と移動した「赤い丸ノ内線」。地下鉄90周年で“復活”へ(1分20秒)。

 アルゼンチン帰りの「赤い丸ノ内線」500形電車が2017年8月下旬、新木場CRから中野車両基地に到着。“復活”へ最終段階に入りました。

 2016年7月に横浜港大黒ふ頭(横浜市鶴見区)へ帰国後、500形はまず道路を東京メトロの中野車両基地(東京都中野区)へ陸送されました。

 そして500形の車体は中野車両基地から、大規模補修が可能な東京メトロの新木場CR(東京都江東区)へ陸送されます。500形はアルゼンチンで出港を待つあいだ、車体に落書きされてしまったため、中野車両基地でそれを消したのち、新木場CRへ送られています。

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中野車両基地へ向かうため、新木場CRを出る「赤い丸ノ内線」500形(2017年8月26日、恵 知仁撮影)。

 2017年8月下旬の深夜、その新木場CRで入念に整備された車体が再び中野車両基地へ送られ、500形“復活”はいよいよ最終段階に入りました。

 今後、新木場CRで補修された車体と、中野車両基地で整備された足回り(車輪部分など)を「合体」。日本の地下鉄が90周年を迎える今年12月のお披露目が目指されます。

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新木場CRから中野車両基地へ向かう500形。
丸ノ内線時代の500形(画像:東京メトロ)。
アルゼンチン時代の500形(画像:東京メトロ)。

 500形は自走可能な状態を目指し整備されますが、信号設備などの関係で再びの丸ノ内線走行は困難。中野車両基地での公開が想定されています。

 1957(昭和32)年の製造開始後、引退の1996(平成8)年まで、「丸ノ内線の顔」だった赤い電車500形。丸ノ内線から引退後、アルゼンチン(ブエノスアイレス)に譲渡されたその車両を、東京メトロは価値ある車両の保存、教育の充実などを目的に今回、「里帰り」させました。

【了】

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Writer: 恵 知仁(鉄道ライター)

鉄道ライター、イラストレーター。「鉄道」や「旅」に関する執筆活動や絵本の制作を行っているほか、鉄道車両のデザインにも携わる。子供の頃からの旅鉄&撮り鉄で、日本国内の鉄道はJR・私鉄の全線に乗車済み。完乗駅はJRが稚内で、私鉄が間藤。メインは「鉄道」だが、基本的に「乗りもの」好き。

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コメント

2件のコメント

  1. すると、将来は日比谷線3000系のように自走可能な教材として保存されるのかな?機械遺産指定は無理だろうけれど(多分同型車が指定済み?)。しかしアルゼンチンの地下鉄をモデルとした丸ノ内線の電車が、そのアルゼンチン地下鉄でも近代化促進に寄与して、最後に里帰りって、なんかすごい。

    • 3000系や地下鉄博物館で静態保存されている車両と共にオリジナルの(窓が大きい)客扉を復元して欲しいと思う。小窓ドアの車内側を塗装してお茶を濁すような事は控えて欲しい。