【都市鉄道の歴史を探る】京浜東北線と山手線 線路「共有」から「分離」への長い道程

東京都心の田端駅から田町駅までは、京浜東北線と山手線の線路が「方向別複々線」で敷かれています。しかし、かつては同じ線路を走っていました。戦前から戦後にかけて、幻に終わった計画も挟みながら線路を増やした歴史をたどります。

かつては同じ線路を走っていた

 都心を縦断する大動脈である京浜東北線と山手線は、田端から田町まで方向別複々線で並走しています。

 日中の京浜東北線は一部の駅を通過する快速運転を実施。ホームの対面で乗り換えできる山手線と組み合わせることで、速達性と利便性を両立させたサービスを提供しているのです。

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田端~田町間は京浜東北線と山手線の電車が方向別複々線で並走。かつては両線の電車が複線の線路を共用していた(2014年8月、草町義和撮影)。

 また、事故や故障でどちらかの線路が使えなくなったり、リフレッシュ工事が行われたりするときは、田端~田町間の線路を共有して運行されることがあります。山手線の電車が京浜東北線の線路を走ったり、逆に京浜東北線の電車が山手線の線路を走るという珍しい光景が見られます。

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工事のため山手線の線路を走る京浜東北線の電車(2014年9月、恵 知仁撮影)。

 実はいまから30年前、1988(昭和63)年3月のダイヤ改正で京浜東北線の快速運転が開始されるまでは、列車の本数が多い朝晩のラッシュ時間帯以外は、京浜東北線と山手線は同じ線路を走っていました。その代わり、月ごとに使用する線路を複々線の内側、外側と変えて、その間に使用していない線路の保守作業を行うという、いわば常時リフレッシュ工事を行っていた形になります。

 そしてさらにさかのぼること30余年前の1956(昭和31)年までは、田端~田町間の電車線は複線だったため、山手線と京浜東北線は常に線路を共用しながら走っていました。田端~田町間の電車線を複々線化し、両路線を別々の線路で運転させるための工事は「京浜東北・山手線の分離工事」と呼ばれ、1949(昭和24)年から1956(昭和31)年まで長い年月をかけて進められました。

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1950年代に行われた輸送力増強工事(枝久保達也作成)。

 上図は1950年代に実施された都心部の輸送力増強工事です。1960年代以降、地下鉄整備が本格化するのに比べて、営団地下鉄丸ノ内線建設(1954年~1959年)、西武村山線新宿延伸(1952年)、そして田端~田町間複々線化(1956年)の3つしかないのは、いささか不十分のように見えるかもしれません。

 しかし当時の輸送状況からすると、田端~田町間の複々線化こそ最優先で着手すべき改良工事であり、最大の効果を発揮する輸送力増強策だったのです。戦後最初に着手された首都圏の輸送力増強策である京浜東北・山手線の分離工事とは、どのようなものだったのでしょうか。

戦前から始まった線路増設計画

 この歴史をさかのぼるためには、まずは東京都心の位置づけを一度リセットする必要があります。都庁が移転して、池袋、新宿、渋谷で大々的な再開発が進んでいる現在においては、「都心」という言葉がイメージする範囲は既に山手線だけでは足りないほど大きくなっています。

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高架市街線(黄)は1909年から1932年にかけて整備された(谷謙二『今昔MAP』を元に枝久保達也作成)。

 しかし「東京の鉄道文化を決定づけた明治の決断 『外濠』が生み出した中央線 」などで取り上げてきたように、江戸以来の東京の中心部は上野から新橋に至る一帯で、山手線は市街地を避けて郊外に建設された「迂回(うかい)路」でした。

 1920年代に入ると市街地は山手線に達するまで拡大します。急速な郊外化を促したのは、高架市街線で都心に直通する中央線、山手線、京浜線(現在の京浜東北線各駅停車に相当)の電車ネットワーク(省電)でした。省電が基幹となることで、山手線に接続する私鉄が次々に開業し、市街地は山手線の外側へと広がっていきます。

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Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

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