なぜ「漁船」をプラモデルに…? 実在するマグロ漁船を“イカ釣り漁船”に変えちゃうロマン
マグロ漁船だったのに…なぜイカ釣り漁船に?
ここで気になるのが、漁船シリーズのNo.3が「マグロ漁船」からいきなり「イカ釣り漁船」になってしまったこと。箱には「第二十七漁栄丸」と書かれているのですが、先に述べたとおり、これは先行するマグロ漁船の細部パーツを換装してイカ釣り漁船にしたもの。つまり、これはマグロ漁船とは異なり、架空のイカ釣り漁船ということになります。
先述したように、プラモデルはなるべく多くのバリエーションを展開して、高価な金型の製作費を回収するビジネスです。プラスチックの色だけ変えたり、付属するデカールだけ変えたり、このキットのように「全部で6台の自動イカ釣り機を搭載」(公式サイトより)したりして、新しいプラモデルとして生まれ変わる必要があるわけです。
新しく設計された自動イカ釣り機のパーツは、「実際の取材に基づいた、原動機、巻揚げドラム、誘導ローラー、イカ受台等」で構成されており、箱絵を見ると、マグロ漁船のときにはなかった黄色いローラーが見えます。新しくなった大漁旗のパーツ(と言っても紙ですが)には、イカの姿も印刷されており、説明図では、切り抜いて2つに折って使うよう指示されています。ちゃんと獲物のイカまで付属したイカ釣り漁船のプラモデルです。
ベースとなった漁船は山崎倉さんという、実在のマグロの一本釣り名人の駆る第三十一漁福丸でしたが、本物をモデルにした漁船の船体と、本物をモデルにした自動イカ釣り機を同じパッケージにセットした途端、「もし山崎 倉さんがマグロ釣りからイカ釣りへと商売を変えたら?」というifの世界のプラモデルが誕生するわけです。現実を材料にしながら、予想だにしない「もしも」の世界を生み出すのが、プラモデルという製品特有のロマン、豊かさ、面白さでしょう
ちなみに、模型メーカーとしての顔でもあるデコトラシリーズの現在のメイン「バリューデコトラ」シリーズは、まさに、実在の車両の上に現実世界にはない架空のデコレーションを施し、バリエーションを増やしてきたものです(実車に取材したシリーズもあり)。イカ釣り漁船に見られるアオシマのファンタジックな商品展開のやり方は、ずっと以前から脈々と受け継がれた伝統なのかもしれません。
【了】
Writer: 廣田恵介(プロライター)
プラモデル業界、アニメ業界を積極的に取材するプロライター。『ホビージャパン ヴィンテージ』の巻頭特集を構成・執筆。著書に『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』『親子で楽しむ かんたんプラモデル』など。
マグロ船というと冷凍設備を持つ巨大な遠洋漁船を想像していましたが、大間に実在したのですね。2008年にNHKのプロフェッショナル仕事の流儀に出で120kg?のマグロを釣り上げたそうです。