こんなところにも成田空港の苦難の歴史が! 「不格好な誘導路」の変遷が示す経緯とは
やっとできた2本目の誘導路…でも足りなかった理由
しかし、平行滑走路を2500mに伸ばす際に、誘導路が1本だけなら交互通行しかできないままでは、発着数の増加に支障が続くのは確実です。結局、弓形に曲がりながらも東側を回り込む形で、2本目の誘導路が2009年7月に供用が始まりました。並行滑走路が2500mでの運用が始まる3か月前のことです。
ですが、この2本目の誘導路にはネックもありました。2本目の誘導路は発着が南向きの時、航空機は滑走路の北端へ向かうためにいったん滑走路を横断して、滑走路に平行する誘導路に入らなければなりません。このため、横断時は別の航空機の着陸を一時止めることになり、効率的な運航を妨げていたのです。
成田空港では今に至るまで用地の買収に関する話し合いが続き、敷地となった用地も改良が続いています。10年前も同様で、さらなる誘導路は、最初に設けた誘導路より西側に建設できるようになった末、2013年3月に供用が始まりました。以降3本の誘導路は今も使われ続けています。
「不格好」と、かつてため息まじりに聞かれた声は、そもそも国が空港の建設を一方的に決めたために起こった激しい反対闘争により、その後は慎重かつ未買収用地の間を縫うように、建設を進めざるを得なくなったことに行きつきます。
それでも、成田空港の建設は続き現在は3本目の滑走路の整備が進んでいます。この3本目の滑走路は、最初から機能的に誘導路などを配した姿での供用が望まれるのはいうまでもありません。
【了】
Writer: 相良静造(航空ジャーナリスト)
さがら せいぞう。航空月刊誌を中心に、軍民を問わず航空関係の執筆を続ける。著書に、航空自衛隊の戦闘機選定の歴史を追った「F-Xの真実」(秀和システム)がある。
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