なぜ湾岸戦争で「最後の戦艦」は呼ばれたのか? 隠居状態から蘇り、そして消えたワケ

1991年、湾岸戦争の戦場でアイオワ級戦艦の「ミズーリ」が艦砲射撃を行いました。第二次世界大戦で運用された艦艇が、なぜこの時代に再び姿を現したのでしょうか。

湾岸戦争で再び戦場へ! そして戦艦はいなくなった…

 ほぼ隠居のような扱いに変化が訪れたのが、1980年代のロナルド・レーガン政権時代です。同政権ではソビエト連邦および東側陣営に対して強硬な態度を取っており、海軍でもソ連に対抗すべく「600隻艦隊構想」という軍備計画が立ち上がります。この計画はアメリカ海軍の保有艦を600隻にするというものですが、そのなかにアイオワ級の完全復帰も計画されていました。

 この計画で1986年5月に復帰した「ミズーリ」はトマホーク巡航ミサイルとハープーン対艦ミサイルの発射台を取り付ける大改修が施されました。狙いとしては当時脅威となっていたソ連のキーロフ級ミサイル巡洋艦に対抗するためです。

 しかし、1980年代も後半になるとソ連の弱体化は顕著になり始め、そのかわりとして紛争が頻発する中東地域が主な任地となります。

 1991年1月17日に湾岸戦争が勃発した際は、「ミズーリ」は姉妹艦の「ウィスコンシン」と共に、トマホークミサイル発射のほか沿岸施設への主砲斉射も行いました。なお、艦砲の発射管制システムは、第二次世界大戦当時とほぼ変わらなかったそうですが、40年以上前のシステムでも十分な威力を発揮したといいます。艦隊決戦はなくなりましたが、火力支援においてはまだまだ戦艦は活躍の道があったのです。

 火砲とトマホークを併用すれば、近距離は圧倒的火力での支援、遠距離は重要拠点への精密攻撃と2つの任務を1隻でこなすこともでき、同戦争が地上戦を開始してから数日で決着がついた原動力のひとつともなります。しかし、この戦争で「ミズーリ」と「ウィスコンシン」が行った砲撃とミサイル発射が、歴史上で戦艦が行った最後の攻撃となりました。

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トマホークミサイルでイラク軍への攻撃を行う「ミズーリ」(画像:アメリカ海軍)。

 1991年3月3日、イラクが国連安全保障理事会による停戦決議を全面受諾し、湾岸戦争は終結します。この後もソ連への備えとして、「ミズーリ」は維持される可能性もありましたが、なんと同年12月にソ連が崩壊。大きな脅威が去ったということで、アイオワ級も順次退役となり、最後に残った「ミズーリ」も1992年3月31日にロングビーチで退役しました。これにより、世界中の海軍で戦艦を運用する国はなくなりました。

【了】

【この衝撃!!】「ミズーリ」が主砲を斉射する瞬間(写真)

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ミリタリー、芸能、グルメ、自動車、歴史、映画、テレビ、健康ネタなどなど、女性向けコスメ以外は基本やるなんでも屋ライター。一応、得意分野はホビー、アニメ、ゲームなどのサブカルネタ。

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