「日産どうした!?」と思ったに違いない衝撃度 なぜあのイケイケの時代に激レトロな“パイクカー”だったのか
ずいぶん昔の車に多かったイメージを現代社によみがえらせる、「パイクカー」というジャンルがあります。往年の名車を復刻するのとは意味が異なり、あくまでも「レトロ調の新開発車」を指すことが多いこのパイクカーですが、特にその開発に力を注いだのが日産でした。
20年経て再注目されたパイクカーも
●第五弾:ラシーン
そして、日産のパイクカーシリーズの最終モデルは、1994(平成6)年から2000(平成12)年にかけて販売されたラシーンです。ベースは7代目サニーの4WDで、クロスオーバーSUVとしての登場でした。
角ばった独特のデザインは当時としてはかなり珍しく、これまた市場に衝撃を与えます。ただ、それまでの日産のパイクカーシリーズは限定販売や抽選販売でしたが、ラシーンはその制限がなく、2000(平成12)年の発売終了まで一般販売され続けました。
ラシーンはフルモデルチェンジをせぬまま一代限りで姿を消した一方、近年では思わぬところで再び注目を浴びることにもなりました。アウトドアブーム、SUV人気の高まりなどを受け、一昔前の手頃なサイズ感・実用性から中古車市場ではラシーンの価格が高騰。ラシーンのカスタム車などは200万円近い価格で販売されるケースもあります。
日産から他社にも派生したパイクカー
Be-1で切り開かれたパイクカーというカテゴリーは、日産的には2000(平成12)年のラシーンの生産終了で幕を閉じる格好になりましたが、同年トヨタからWiLL Viが登場。また、Be-1以前からレトロ調のクルマを作り続ける光岡自動車の各モデルも今日まで一定の支持を集め続けることとなり、ダイハツやスバルといった軽に強いメーカーからも1990年代初頭以降、レトロ調のモデルが複数ラインナップされました。

自動車産業の歴史の中で「パイクカー的な試みは、日産以外のメーカーでもいつかきっと実践する試みだった」と言えなくもありません。しかしそれでも、あの1980年代後半のバブル期に、前例の有無を問わずBe1開発に取り組みパイクカーというジャンルを切り開いた日産の功績は、今日でも改めて評価されて良いように思えます。
Writer: 松田義人(ライター・編集者)
1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。
>Be-1以前からレトロ調のクルマを作り続ける光岡自動車
ダウト。
Be-1登場の頃の光岡自動車は、50ccの四輪車、いわゆる「ミニカー」を作るメーカーでしたよ。あれは別にレトロを狙ったわけでもなんでもないです。