西武の2大幹線は「めちゃくちゃ仲が悪かった!」なぜ? 開通130年&110年 争いの跡が“廃駅”に
最初の開通から130周年の西武新宿線、110周年の西武池袋線。両者はかつて別々の私鉄で、極めて仲が悪い関係でした。両路線が交わる街には、“争い”の歴史が刻まれています。
所沢御幸町は「新所沢駅」に←誰も信じてない!?
一方の所沢御幸町駅は、市街地から飛行場へ向かう飛行機新道の途上にあり、利用者も比較的多く存続しました。しかし、1951年、飛行場を接収した米軍基地へ通じる側線の貨物輸送の関係で、北側へ約2km移転。「北所沢駅」を名乗り、8年後に「新所沢駅」へと改称し現在に至っています。
このため新所沢駅の前身が所沢御幸町駅という扱いではあるものの、その場所は離れすぎているためか、地元では同一視されず、所沢御幸町駅の存在が語り継がれているようです。
この駅は東川を渡る橋梁の北側、擁壁の上にホームを設け、そこから階段で地上へ下りる構造でした。しかし、1967年の複線化の際、擁壁も複線仕様に拡幅され、駅跡はなくなりました。駅のあった場所には現在、ただ高い擁壁があるのみです。
その後、1987年には所沢-新所沢間に「航空公園駅」が新設されたため、“所沢御幸町駅が移転して新所沢駅になった”という書類上の関係性は、ますますピンとこないものとなりました。
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