デザインイメージは「虫」 こんなの作れない…!を根性でどうにかした“伝説の日本車”とは? いすゞ

自動車を筆頭にさまざまな名作を世に送り出してきたインダストリアル・デザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロ。日本車も数多く手がけていますが、なかでも特に「名作」といわれているのが、いすゞ「117クーペ」です。

「虫」デザインって!?

 発売当初の117クーペは手作りということもあり、月産台数はわずか30台ほど。「手間はかかるわ、儲からないわ」で当時のいすゞ自動車は悪循環の一途を辿りますが、やがてその希少性と、デザインの美しさから「走る芸術品」という名声を得ました。

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デザインイメージは「虫」でもエンブレムは「唐獅子」。これはジウジアーロがアジアを意識したもの(2025年、松田義人撮影)。

 117クーペのデザインには、実は当時のイタリアンデザインの潮流が反映されており、そのイメージはなんと「虫」。イタリア語で「ザンザーラ」と呼ばれるスタイルで、当時のレーシングカーなどにも多用されていました。

 その後、経営難に陥っていたいすゞ自動車は、1971年にアメリカのゼネラルモーターズ(GM)と提携し、GM からの資金と技術提供によって、117クーペの量産化を確立しました。量産化にあたって設計が改められ、再スタートを切ったのは1973年のことでした。これがいわゆる“中期型”です。

 量産化に合わせて細部を見直し、高価なマテリアルが複数廃されたのは残念でしたが、結果的に117クーペを一般ユーザーにも広く知らしめることになりました。

 1977年にはさらなるマイナーチェンジが実施され“後期型”に移行。ヘッドランプが丸目4灯から角目4灯になり、内装にもプラスチックが多用されました。当初の117クーペが持っていた強い個性と「虫っぽさ」は本モデルで随分と控えめになりましたが、派生モデルもラインナップされ、最も市場に出回ったのも、この後期型117クーペでした。

 優れたデザインと独創性で評価を受けた117クーペでしたが、1981年に実質的な後継車・いすゞピアッツァが登場し、生産終了になりました。

実はもう一つの伝説が

 117クーペはそのデザインで語られますが、実は信頼性の高さも随一でした。発売開始から10年経過後も、販売台数の98%が現役で走り続けたという伝説もあります。

 生産期間約13 年での総販売台数は約8万5000台。販売台数が極めて少ない一方で、今もなお「名車」として語り継がれるという、あまり例のないモデルです。それもこれも、素晴らしすぎるデザインと、ここで紹介したようなさまざまな逸話に要因があると思われます。

【え…!】「虫」デザインが“カッコよすぎる”117クーペ(写真で見る)

Writer:

1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。

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